学習通信090622
◎改憲論議をスタートさせようとねらったもの
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現代のことば
山室信一
国民投票法案
ご存知ですか? 平成二二年五月一八日から「憲法改正国民投票法」が施行されます──という総務省発行のパンフレット五百万枚が四月から全国の市町村などで配布されている。総務省では本年度予算に国民投票制度準備等関係経費として約四十七億円を計上し、地方自治体に対する国民投票名簿整備費用補助のほか、こうした広報用のパンフレットやポスターなどの作製を進めていくという。
多大な費用をかけても「憲法改正」という国民主権の発動にかかわる重要な法律について周知徹底を図ることは必要なのかもしれない。ただ、この「国民投票法」では、施行までに肝心の投票権者となる満十八歳以上の人に関して、公職選挙法や民法上の成年年齢などの必要な整備をおこなうことになっているが、その進行状況は不明のままである。
しかも、「国民投票法」には十八もの付帯決議がついている。その数の多さもこの法律が拙速であったことを示すものであるが、内容的にも例えば投票率が30%であった場合、憲法上過半数で憲法改正は可能となり、有権者の15%強で憲法改正が可能ということになるため、「憲法改正の正当性に疑義が生じないよう」、施行までに「最低投票率制度」を検討することとなっている。さらに、付帯決議としては異常な事例ともいえるが、「罰則について、構成要件の明確化を図るなどの観点から検討を加え、必要な法制上の措置も含めて検討すること」という項目がある。
つまり、この法律では罰則はあるが、どういう場合に処罰されるかが全く不明であることを立法府自らが告白しているのである。これは憲法第三十一条に定める「何人も、法律の定める手続きによらなければ…刑罰を科せられない」という罪刑法定主義の原則を無視した違憲立法の疑いがあるという点で、大問題である。法律を成立させながら多くの懸案事項について全く検討をおこなってこなかった立法府の不作為責任は重大である。
しかし、こうした問題点を含みながら、六月十一日には衆議院で憲法審査会の委員数や表決方法など運営ルールを定めた規程が、野党の反対にもかかわりず可決された。しかし、参議院での規程制定の見通しが立っていないこともあって、国会での憲法改正論議は衆議院選挙後に持ち越されることになる。
他方、自民党は六月九日の国防関係合同会議で、政府が年未に改定する「防衛計画の大綱」に向けた提言を了承したが、そこでは敵基地攻撃能力の保有のほか、武器輸出三原則の見直し、憲法改正による軍事裁判所の設置、そして集団的自衛権行使や武器使用基準の見直しを含む「国家安全保障基本法」の制定が要請されている。
このように衆議院選挙を目前にして、憲法にかかわる重大な動きがにわかに出てきた。そして、来年五月から「国民投票法」が施行されるという事実がある。各党は来る衆議院選挙のマニフェスト(政策綱領)において、憲法や国防問題についていかなる立場を取るのかを明記しておくべきであり、私たちも眼光紙背に徹して読み、熟慮したうえで選択に臨みたい。
選挙後に、思いもしなかった政策論議が突然現れるという事態が起こるとすれば、それこそ議会制民主主義の自殺行為に他ならない。
(京都大人文科学研究所教授)
(「京都 夕刊」20090618)
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《社説》
憲法審査会規程
参院も衆院に続き制定へ動け
法律で設置を決めた機関を休眠状態のまま放置しておく。そんな国会の不作為の解消へ、やっと一歩が踏み出された。
憲法改正手続きを定めた国民投票法の成立に伴い設置された衆院憲法審査会の規程が、11日の衆院本会議で可決、制定された。
憲法審査会は、委員数や表決方法など審査会の運営ルールを定める規程が制定されず、2年近くも宙に浮いていた。
民主党など野党は、「国民投票法は強行採決だった。与党は反省も謝罪もしていない」などと、規程の制定を拒み続けてきた。この日も、野党は反対した。
だが、国民投票法は、十分に審議時間をかけ、民主党の主張も大幅に取り入れて成立したものだ。民主党の批判は説得力がない。
民主党の場合、憲法論議をすれば党内に亀裂が生じる。「護憲」を掲げる社民党との選挙協力にもひびが入る。そうした懸念から、今回も反対したというのが実情ではないか。
憲法審査会は、憲法について幅広く調査をしたり、憲法改正原案を審査したりする国会の常設機関である。
各党は衆院審査会規程に従い、速やかに委員を選任し、いつでも審査を開始できるよう態勢を整えてもらいたい。
憲法審査会は、国民投票法施行までの3年間、憲法改正原案の審査、提出はできないことになっている。このため、施行までは憲法調査に専念し、問題の整理にあたるわけだが、すでに約2年間をむだに過ごしてしまった。
国民投票の権利を満18歳以上としたことに伴い、満20歳以上である選挙権年齢の引き下げなどについて検討し、法施行の来年5月までに法的措置を講じるとされている。議論を急ぐ必要があろう。
一方、参院側は依然として、サボタージュを続けている。参院民主党は、参院憲法審査会の規程を作らないことは「法律違反」という批判をどう受け止めるのか。
国民投票法が2007年、参院で成立した際には、18項目の付帯決議がなされた。
その中には「憲法審査会では3年間、憲法調査会報告書で指摘された課題等について十分な調査を行う」とある。民主党は当時、付帯決議には賛成している。
改憲論者の鳩山民主党代表は、記者会見で「憲法は当然、大いに議論すべきだ」と表明した。
民主党は、その言行を一致させなければならない。
(「読売新聞」20090612)
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《主張》
憲法審査会規程
改憲手続法こそ廃止すべきだ
自民、公明の与党が、改憲手続き法にもとづいて憲法改定の原案を審議できる、憲法審査会の規程の採決を強行しました。審査会を機能させ、改憲論議をスタートさせようとねらったものです。
憲法に改定の規定があるのに手続き法がないのはおかしいと、改憲手続き法の制定を強行したのは2年前です。いままた手続き法が1年後に施行されるのに審査会の規程がないのはおかしいと、採決を強行しました。国民が憲法改定を望んでいるわけではありません。規程をつくるのではなく、改憲手続き法を廃止することこそ、国民の願いにかなっています。
国民は改憲望んでいない
憲法が制定されてから60年あまり、改憲手続き法がなくても何の問題もなかったのは、憲法を変える必要がなかったからです。それなのに自分が首相の間に改憲を実現すると歴代内閣ではじめて改憲を公約し、改憲手続き法を強行したのが安倍晋三首相でした。しかし安倍首相の思惑も、改憲手続き法成立直後の参院選挙での惨敗でついえ去り、安倍首相自身政権を去ることになりました。
その後就任した福田康夫首相も、現在の麻生太郎首相も、改憲を正面に掲げることができません。改憲手続き法ができても憲法審査会の規程がつくられずにきたのも、国民が改憲を望まないことが明らかだったからです。
自民党が改憲策動の中心においたのは、憲法9条を改定し、自衛軍の保持や集団的自衛権の行使を盛り込み、海外での武力行使を可能にすることでした。しかし、イラクやアフガニスタンでのアメリカの戦争の破たんで、国際紛争を戦争ではなく平和的に解決することが世界の流れとなっています。日本の国際社会への貢献も、軍事力ではなく平和的外交的な手段でおこなうことが求められています。憲法9条を変えなければならないどころか、ますます重要です。
国民の生存権や基本的人権を守る問題でも、憲法の値打ちは明らかです。深刻な貧困と格差の拡大、「派遣切り」など労働者の切り捨てのなかで、国民に健康で文化的な生存を保障する憲法25条や国民の勤労権を定めた27条、団結権を定めた28条などに注目が集まっています。憲法を変えるのではなく、まもり生かすことこそが、いよいよ求められています。
そうしたときに憲法審査会の規程を強行し、改憲論議に踏み出そうとするのは、国民の願いにも、日本と世界の流れにも逆らうことにしかなりません。改憲手続き法そのものを廃止し、改憲策動をやめることが求められます。
憲法をまもる力を大きく
改憲手続き法の制定も、憲法審査会規程の決定も、表向き反対した民主党が、実際には手を貸してきたことは重大です。改憲手続き法では採決直前まで自公と民主の合作でことは進められました。憲法審査会の規程についても民主党議員は「制定に反対だと申し上げたことはない」と主張しました。
民主党の鳩山由紀夫代表自身、かつて発表した「新憲法試案」で自衛軍の保持や集団的自衛権の行使を認めていた改憲派です。
国民の願いに反した自民・民主の悪政の競い合いを許さないことが重要です。日本共産党と国民が力を合わせ、憲法をまもる力を大きく伸ばすことが求められます。
(「赤旗」20090612)
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【試される憲法】
●国民投票法成立<上>
9条堅守へ『攻め』転換
日本の土台を六十年間支えてきた憲法。その改正手続きを定めた国民投票法が十四日、国会で成立した。近い将来、憲法のありようが国民に問われる公算は大きい。一億を超す有権者に、いかにして理解を深めてもらうのか、護憲派と改憲派、それぞれの取り組みも課題だ。国民投票が実施されるのは、早ければ二〇一一年。この国の“かたち”を決める憲法に、国民全体が真剣に向き合うべき時代に入った。
「採決フンサーイ」
「法案は廃棄せよ!」
十四日、国会議事堂前で絶叫調のシュプレヒコールが響いた。護憲派の数百人が座り込み、のぼり旗が揺れる。だが、抗議行動もむなしく国民投票法はあっけなく成立。競い合うように声を張り上げる人たちを横目に、通行人が冷ややかなまなざしで過ぎていった。
憲法改正のルールが出来上がり、外堀を埋められたかのように見える護憲派。国民投票法の制定自体に反対してきた、その戦術に対し、市民団体「国民投票・住民投票」情報室の今井一事務局長は「主権行使の機会を奪っては、国民はついていけない」と手厳しい。
批判の根底にあるのは、九条をめぐる硬直化した論議をよそに政府の解釈改憲が先行し、憲法の空洞化が進んでしまうことへの危機感だ。「護憲派としても、むしろ国民投票で勝った方が解釈改憲の進行を止められるはず。退路を断ち、投票で多数を取ることを明確に意識した運動に転換しないと」
二〇〇四年六月、手詰まり感が濃い従来の運動の枠を破ろうと、作家の大江健三郎さんらが呼び掛けて「九条の会」が発足。思想や立場の違いを超え「九条を守る」というただ一点で連携を始めた。初めから国民投票を織り込み、目標は「過半数世論の結集」。賛同する団体は三年弱で六千余になり、保守層にも広がっている。
昨年、「九条の会・石川ネット」に加わった元石川県議の上口昌徳さん(75)は、元自民党県連幹事長。「空襲で親族七人を失った私にとって九条は世界の宝。共産や社民の人たちも、党利党略を超えないとすそ野は広がらない」と明快だ。
国民投票の投票権者は一億人余り。「過半数の獲得には、今からその八割以上への働き掛けが必要だ」と東大教授の小森陽一・九条の会事務局長はみる。今後の運動の柱はスローガンの連呼ではなく、手間暇かかる戸別訪問を念頭に置く。
「相手との関係に根差した運動が大切。例えば格差社会で若者がはい上がれない状況が生まれている。単に『九条を守ろう』ではなく、そうした生活現場の問題から語り始められるかどうか」
ただ、自衛隊のイラク派遣反対を訴えるビラを郵便受けに投函(とうかん)したとして、逮捕者が出るご時世だ。早くも戸別訪問の“摘発”を心配する声もある。他人への無関心も広がる。野火のような国民運動へと脱皮できるのだろうか。
小森事務局長は言う。「もう近所を一千軒以上回ったという人だっている。本気で『国民投票で勝つ』という覚悟を決め、自分の街で確実に取り組めるか、ですよ」
『投票する』過半数18、19歳20人の声
国民投票法は、原則として十八歳以上を有権者と定めている。今の十八歳や十九歳の少年少女は、現行憲法についてどんなイメージを持っているのか、関東地方の二十人に聞いた。
憲法から連想するのは「九条」や「戦争放棄」など、半数近くが平和的イメージを挙げ、最も多かった。「自分たちの権利」など人権規定や「法律の大本」という最高法規規定を挙げる声も。半面、「とっつきにくい」「身近に感じたことがない」と憲法を遠い存在と感じる人もいた。
憲法改正の国民投票が今行われたら、半数以上が「行く」と回答。比較的関心が高かった。
●国民投票法成立<中>
悪法イメージ脱却を
「自民党として大きな国家ビジョンを示さないといけない機会に、そのことを全く述べないのは不誠実ではないか」
十一日の参院憲法調査特別委員会。自民党の新憲法草案を七月の参院選でどう取り扱うのか問われ、安倍晋三首相はそう答弁。選挙戦の“旗印”にする考えを示した。
二〇〇五年に公表されたこの草案。高崎経済大の八木秀次教授は「保守派の意見が集約されてはいるが、日本の歴史や伝統、文化などの国柄が表現されていない前文は全然だめ。安倍さんもじくじたる思いのはず」と指摘する。改憲派にも批判がある草案をあえて参院選に持ちだそうとする安倍首相の狙いを、八木教授はこう見る。
「保守派から不満が出るのを期待しているのでは。議論を盛り上げて、草の根保守の大同団結のけん引役にしようとしていると思う」
半世紀以上前から改憲運動をしてきた新憲法制定議員同盟(旧自主憲法期成議員同盟)の清原淳平事務局長は「正直に言って、晋三さんがここまで改憲にこだわるとは思わなかった」と話す。これまで改憲への期待が高まってはしぼんできた自民党の歴史を、よく知っているからだ。
同盟は一九五五年、当時の自由党と日本民主党の改憲派議員により発足。この議員たちが接着剤となって自民党が結成された。当時、加盟議員は三百人を超えた。
五七年、安倍首相の祖父の岸信介首相は内閣に憲法調査会を設置。改憲派の期待を集めたが、次の池田勇人首相が経済成長を重視し改憲に消極姿勢を見せると、同盟の活動もしぼんだ。中曽根康弘首相の八二年当時も、同盟は再び三百人を超えたが、当時の社会党など護憲派が改憲発議を阻止できる勢力を保ち、気運は盛り上がらなかった。
清原氏は、安倍政権が誕生したとはいえ対決色を鮮明にした小沢一郎民主党代表の登場で、改憲は遠のいたと落胆していた。それだけに国民投票法の成立を歓迎。「世論調査の六、七割は改憲に賛成だ」と次のステップを見据える。
ところが、改憲派も喜んでばかりはいられないのが実情のようだ。「21世紀の日本と憲法」有識者懇談会の百地章事務局長(日大教授)は「特に九条について、護憲派はかなり危機感を持って草の根運動を展開している。改憲派も勢力を結集して国民運動を展開しないと大変なことになる」と楽観論を戒める。
改憲論をリードしてきた慶応大の小林節教授は、与党が強引に法案を押し通したことで国民投票法に「悪法」のイメージができたと言う。「世論調査を見ても、九条を変えることに一段とためらいが出ている。国民の不信感という時限爆弾は、ボディーブローのように効いてくる。国会で発議できても国民投票で否決される可能性もある」
●国民投票法成立<下>
『内向きの保守』へ一石
国民投票法に関する若者向けの調査をしたことがある、特定非営利活動法人(NPO法人)「ドットジェイピー」(東京)。大学生に議員秘書の仕事体験を紹介する団体だ。実際に体験してみたメンバーに「憲法九条の平和主義をどう評価するか」と聞いてみた。
学習院大の鈴木真里奈さん(19)は「唯一の被爆国として九条改正に反対です」ときっぱり。世論調査で改憲が過半数でも「多数派が正しいと思わない」。
一方、自衛隊イラク派遣をめぐる四年前の国会審議のゴタゴタが歯がゆかったという慶応大の野村祐輔さん(21)は「平和維持なら人を送って当然なのに。九条が日本の国際貢献を阻んでいると思う」と言った。
「護憲派の『平和を守る』は甘くてカッコ悪い。北朝鮮が攻めてきたらどうする、と現実的な方が受ける。改憲派の『国を守る』はクールなイメージ」と、立教大の大橋直人さん(22)は言う。「自衛隊にマイナスイメージはない。でも『命かけても』というとちょっと熱すぎる」。自分自身はまだ結論を出せない。
二十代の改憲志向は世論調査にくっきりと表れている。三−四月の全国紙の調査では、憲法改正賛成は五−八割だ。中高年より高い。
そんな傾向を「内向きの保守」と名付けたのは、若者世代の心理に詳しい精神科医斎藤環さん。「消極的改憲であって積極的改憲ではない。自分の生活がこぢんまりまとまればそれでよし。右翼的なものに熱はなく、巻き込まれるのは嫌だから『国を守る』とまでいかない」
◇
「イデオロギーって何ですか?」
国際関係論が専門で全共闘世代の和田純・神田外語大教授(57)は、学生のそんな質問に驚いたことがある。だが、彼らと話してみて無理もないと気付いた。一九九一年のソ連の崩壊は、幼くて記憶にもない。まだ二十年前後の人生なのだ。
和田教授は「護憲か改憲かの二者択一しかない論争は、五五年体制のよう。若者はもっと現実的な別次元にいる。彼らは関心があっても、どう考えればいいのか分からないだけ。結論を押し付けず、頭の中に考える回路をつくらせるようにしている」と話す。
選挙権年齢の引き下げを求めてきたNPO法人「ライツ」の理事小林庸平さん(25)は、投票権者を原則として十八歳以上と定めた国民投票法の成立を歓迎する。「若い世代の憲法への関心も高まるのでは。民主主義や国民主権など抽象的なことを皆が考えるきっかけになってほしい。いろいろな意味で原点に立ち返る好機だ」と意気込む。
憲法改正の影響を最も受けるのは日本の将来を担う若者たちだ。今後、憲法とどう向き合っていくのか。国民全体の覚悟が問われている。
(この企画は、築山英司、今村実、森川清志が担当しました)
(「東京新聞」20070515〜0517)
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◎「改憲手続き法そのものを廃止し、改憲策動をやめることが求められます」と。