学習通信090616
◎実際に「トマホーク」などの攻撃兵器を持つとしたら……
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風見鶏
半世紀ぶりの不安の正体
「自衛隊機が朝鮮に報復爆撃に行ってもいいのか、やるやらぬは別に理論的にはできるか」「大型の長距離を飛来する誘導弾をいかに防ぐか」。北朝鮮の核・ミサイル実験が焦点である今国会と見まがうのは、1956年2月の衆院内閣委員会での緊迫した質疑だ。
それから半世紀。敵基地攻撃論を巡り麻生太郎首相が口にした56年の鳩山一郎首相の「合憲答弁」はこの内閣委で、船田中防衛庁長官が代読した。「座して自滅を待つのが憲法の趣旨とは考えられない。他に手段がないと認められる限り誘導弾等の基地をたたくことは法理的には自衛の範囲」
朝鮮戦争は休戦したが、なお不安定で台湾海峡でも交戦があった。52年4月28日のサンフランシスコ平和条約発効に伴う日本独立からまだ4年で、国連にも加盟していなかった。
「第3次世界大戦が起こる」。物騒な答弁も散見される56年国会では今と同様、核実験も問題化した。鳩山答弁に先立ち、米ソなどに原水爆実験禁止を求める国会決議が採択された。当時の娯楽映画も核への不安を醸し出す。56年公開の「空の大怪獣ラドン」は核実験などの影響で恐竜が復活したとの設定だった。
日本は核を持たないが、不安定な国際環境に対処するため自身が反撃できる理論的根拠は残す。鳩山答弁にはそんな意図が見える。
その後、敵基地攻撃論は90年代まで水面下に潜る。冷戦の下、日米安保が有効に機能し、日本が直接、脅威を感じる局面は少なかった。経済一辺倒の時代だった。北朝鮮の核・弾道ミサイル実験は半世紀ぶりに危機感を呼び起こす。
巡航型長射程ミサイルまたは弾道型長射程固体ロケット──。自民党の国防関係合同会議が11日、麻生首相に保有の検討を提言した敵基地攻撃能力だ。政府が年末に予定する「防衛計画の大綱」改定を見据える。
後者の見慣れぬロケット名は弾道ミサイルの言い換えで、受け身のミサイル防衛から踏み出し、こちらも攻撃用ミサイルを準備して抑止する発想を含む。あえて先鋭的議論をする部会の提言とはいえ日本が抱える不安の大きさを象徴する。
日本全域が核搭載ミサイルの射程内に入るのに6力国協議は機能しない。頼みの米国も拉致問題を棚上げしたまま、北朝鮮のテロ支援国家指定を解除した。
「米国に頼り過ぎた……」。敵基地攻撃論を叫ぶ中堅・若手議員らは、米国の力の衰えから安保での全面依存が難しくなりかねず、独自の代替手段もない現実にいら立つ。自信の源だった世界第2の経済大国という地位の揺らぎも余裕を失わせている。
今回の議論は米中両国への外交戦術上のメッセージを含む。対米では「日本は盾に徹する」との戦後の役割分担見直しへのアドバルーンだ。一方、中国は日本の軍拡≠ノ敏感で、今回の国連決議後も北朝鮮への圧力行使を真剣に考えるはず、と読む。日本に核武装の選択肢はないが、「他国が『もしや』と連想してくれるなら抑止力になる」との思惑も透けて見える。
専守防衛の範囲内で、先制攻撃はしないと言っても、法理論にとどまらず、実際に「トマホーク」などの攻撃兵器を持つとしたら、戦後日本のあり方の重大な転換になる。鳩山答弁の「他に手段がない」の解釈や、集団的自衛権との関係など論点は尽きない。
鳩山一郎氏の孫が代表を務める民主党の一部にも敵基地攻撃論がくすぶる。年末の大綱見直しに先立つ衆院選では、対北朝鮮政策と、それを媒介にあぶり出されている安全保障問題を堂々と議論すべきだ。 (政治部次長 中沢克二)
(「日経」20090614)
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主張
「敵基地攻撃」
軍事での応酬は危険招くだけ
自民党国防部会の防衛政策小委員会が、年末に政府が策定する新「防衛計画の大綱」に「策源地攻撃能力の保有」を盛り込むことを求める「提言」をまとめました。国防部会の正式了承を経て、政府に提出されることになります。
「策源地攻撃能力の保有」とは、撃たれる前に他国の基地に撃ち込める攻撃兵器を、日本が持つということです。文字通り「敵基地」への先制攻撃に道を開くことになります。憲法違反の戦争態勢づくりを許すわけにはいきません。
先制攻撃に道開く
「提言」は敵基地への攻撃は「法理上可能」という政府見解をくりかえすだけでなく、その能力を持つことを公然と要求しています。弾道ミサイルの「策源地」を攻撃するため、海上発射型巡航ミサイルの導入を明記しています。
「敵基地攻撃」論は、政府が自衛隊政策の原則だとする、「専守防衛」論とも矛盾しています。「軍事対軍事」の危険きわまりない悪循環をひきおこし、国民を戦争にまきこむことになる暴論です。
そもそも「敵基地攻撃」が「法理上可能」という政府の説明がごまかしです。ミサイルへの燃料注入などを日本攻撃の「着手」とみなして撃たれる前にミサイル基地を攻撃するというのはむちゃくちゃです。攻撃を受けていないのに攻撃するのは、どこからみても先制攻撃そのものです。
こうした暴論は国連憲章のもとでは通用しません。「国際連合加盟国に関する限り、武力攻撃が発生した場合でなければ、自衛権は行使できない」(1951年3月、西村熊雄外務省条約局長)のです。しかも政府は、「平生から他国を攻撃するような、脅威を与えるような兵器を持つのは憲法の趣旨とするところではない」(59年3月、伊能繁次郎防衛庁長官)ともいっています。敵基地攻撃のための能力を持つなどというのは、どこからみても成り立ちません。
「敵基地攻撃」の口実は北朝鮮の核兵器開発です。しかし核実験の強行を機に日本が軍事的対応を強め、北朝鮮はさらに軍事的対応の強化で応酬するというのでは、東北アジアの緊張を激化させることにしかなりません。
北朝鮮の核実験は絶対に許されない暴挙です。いま求められているのは、国際社会の一致協力した行動で北朝鮮に核兵器の開発計画を放棄させ、朝鮮半島の「非核化」をめざす6カ国協議に無条件に復帰させることです。国際社会の真剣な努力をよそに、日本が「策源地攻撃能力の保有」を声高に叫ぶことは、北朝鮮に核兵器開発を正当化させる口実を与え、北朝鮮に「核兵器を捨てよ」と要求する立場を失わせることになります。
核兵器廃絶の前進こそ
オバマ米大統領が「核兵器のない世界」の実現を米国の国家目標にするとの方針を発表して以来、核兵器をなくそうという機運が世界でかつてなく盛り上がっています。この動きを本格化させることこそが、朝鮮半島の非核化の動きを後押しすることにもなります。
自民党の提言は、「米軍の情報、打撃力とあいまった、より強固な日米協力体制を確立することが必要」とも主張しています。世界の前向きの変化は見ようともせず、日米軍事同盟にはしがみつくという自民党には、日本の平和と安全をまかせることはできません。
(「赤旗」20090606)
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◎「「策源地攻撃能力の保有」とは、撃たれる前に他国の基地に撃ち込める攻撃兵器を、日本が持つということ……文字通り「敵基地」への先制攻撃に道を開くことになり……憲法違反の戦争態勢づくりを許すわけにはいかない」と。