学習通信071219
◎明らかになった課題の解決方向が見えない……
■━━━━━
現 げんろん 論
仕事と生活 両立支援
中村 邦夫
「学校から帰ってきた時に親が家に居るのは子供にとっていいみたい。『日曜日みたいー』って喜びます」(二児の父)「小学生の息子が一番喜んでくれています。『次のザイタクはいつ?』って」(三児の母)
紹介したのは、松下電器産業が四月に導入した在宅勤務制度を活用した社員の声の一部だ。
私たちは社会を支える「勤労者」であると同時に、家庭や地域の一員としての「生活者」である。しかし十分に「生活」できているかというと疑問符がつく。特にお父さんたちは、生活時間から見ると、働くことと生活することとのバランスが大きく崩れているのではないか。ある国際比較調査では、先進国中で日本のお父さんがもっとも帰宅時間が遅いともいう。
育児、子育ては決して女性だけのものではない。ましてや働く女性、共働き家庭が増えている。少子高齢化の中で、女性の活躍の機会はますます増加・多様化するだろう。活力ある社会に向けても大切なことである。
昨今きまざまな凶悪事件が多発している。日本人のこころの荒廃、家族や地域コミュニティーの崩壊を感じさせるような出来事も多い。子供の成長期に、働くお父さん、お母さんたちが、いかに家族との時間、地域と接する時間を持てるようにしていくかが社会全体としてとても重要だ。
時間は貴重な資源
もちろん、企業間競争は世界的に熾烈(しれつ)さを増しており、生産性を下げることは生活の糧を生む日本経済の成長を確保する上でも許されない。情報技術(IT)などを積極的に活用し、生産性を上げながら生活とのバランスをとるよう真剣に取り組む時代に入っている。
それには個人に意識変革や努力ばかりを求めるのでなく、企業の仕組みそのものを変えていかねばなりない。社員が仕事と生活を両立するためにどう支援していくかが、企業経営にとって重要なテーマになっている。
松下では育児・介護休業に加え、不妊治療のために休業できるチャイルドプラン休業、子供の学校行事参加などのためのファミリーサポート休業といったライフステージに適した休業制度を整備してきたが、現在、重点的に取り組んでいるのが「在宅勤務」だ。
昨年一月に「e−Work推進室」という専門組織を設けた。ここを中心に全社的な体制で、仕事と家庭の両立支援や多様な人材の能力活用、ITを駆使した多様な働き方で生産性の向上を図る取り組みを続けている。室長は二児の母でもある「お母さん社員」だ。時間は再生できない貴重な資源だ。創造的な事柄に時間を活用することは、仕事の質向上や、生活を充実させる上で極めて重要だ。しかし特に大都市圏では、長い通勤時間が負担になっている。在宅勤務はこの通勤時間が要らなくなる。
新しい働き方
制度導入にあたり、まず昨年約一千人を対象に試行し、課題検証と意見収集を行った。その結果、参加した社員へのアンケートでは七割が「家庭・個人生活が充実した」と回答し、また「生産性が向上した」とも答えた。上司・同僚の理解も高いことが分かった。課題と考えていた「情報セキュリティーの確保」「労働安全衛生」「職場の理解」という点もおおむね解決でき本格導入。半年で約八百人が利用した。
対象者はモノづくり現場以外の仕事に従事する社員約三万人。仕事時間の自己管理が可能な人を前提にしているが、職種は限定していない。出社時の勤務形態を自宅で適用することを基本に柔軟性を持たせている。月間所定勤務日の半分までなら制度利用の事由も問わないこととした。
この制度はまだ導入期にある。すぐに利用しにくい職種もあるだろうし、利用する人が増える中で新たな課題も明らかになるだろう。それを一つ一つ地道に解決しながら、ぜひ定着させていきたい。子育て期だけでなく、高齢化が進む中で、介護の負担を少しでも軽減する働き方の選択肢にもなりうるのではないか。
折しも、政府が働き方の抜本的な改革を提唱する「ワークライフバランス憲章」のとりまとめに動くなど、国としても取り組みを本格化させている。是非、新しい働き方に向けて微力ながらチャレンジを続けたい。
(松下電器産業会長)
(「京都」20071212)
■━━━━━
労働者は、労働力を売り、その対価=賃金で生活している。だから、労働力が売れなければ、生活できない。かりに売れても、雇用の継続が危うく、賃金が安ければ、切り詰めた生活しかできない。なるほど社会保障が充実していれば、失業しても、ひどい低賃金であっても、なんとかなるだろう。だが、この国ではもともと社会保障が貧弱で、悪いことに小泉「構造改革」で一段と先細りときている。
ざっといま、このようなきびしい状態がこの国をおおい、人々の多くが現在と将来への不安感をつのらせている。内閣府の調査によると、高齢者の七割が「将来不安」を持つという。むろん「将来不安」は、高齢者だけのものではない。「格差社会」拡大の内実は、国民の圧倒的多数の状態悪化・貧困化であり、労働者・国民の不安は深まるばかりだ。自分を「下流」と考える人の割合が三七%にも上昇したことは、これまでなかった。ちなみに「上流」は一%である(「日経」調査。〇六年二月)。
少子化に直接的に影響するものとして雇用問題がある。九〇年代の後半から、いろんな形で雇用問題が深刻になっている。九四年まで二%台だった完全失業率が三%台、四%台、ひところ五%台まで跳ね上がった。とくに若者の失業率は一〇%を超え、いまも高止まり状態だ。失業だけでなく、半失業・不安定雇用(正規雇用も不安定化)が増えている。これが今日の大きな特徴だ。とくに若者について、フリーターと呼ばれる不安定な雇用形態が急ピッチで増大している。ほぼ二人に一人が非正規雇用だ。かれらの賃金は安い。一〇万円少々といった低賃金がざらである。これでは自立した生活は望めない。結婚し出産するなど無理だ。のちにみるように、かれらの結婚・出産率は統計上も、正規雇用・高賃金(比較的「高賃金」)の若者よりも低いことが歴然としている。
こうしたことが大きく影響して、いま少子化が急進している。ついに合計特殊出生率が周知のように一・二五まで下がった。東京は一を割った(〇・九八)。いまだ歯止めがかかっていない。国勢調査(速報)によると、世界最速で日本の少子・高齢化が進んでいる。昨年の人口比率で六五歳以上が二一%(世界最高)で、一五歳未満が一三%(世界最低)になっている。
その原因・理由はむろん単一ではない。いくつもあろう。だが、就業者の八割五分が労働者で、その生活が「雇用を前提とした賃金」で成り立っている以上、雇用と賃金のありようが結婚や出産に大きく影響し、少子化を加速させていることは疑いない。結局、「雇用と賃金の不安定」状況が大幅に改善されないかぎり、少子化に歯止めはかからないだろう。それには、「暮らしやすい世の中」にすることだ。そういう世の中は「結婚し出産しやすい世の中」でもあるはずだ。私は少子化の主因は、きびしくなった「賃金や労働時間なども含めた雇用間題」にあると考えている。
少子化問題を考えるにあたって、雇用問題に対する政府・財界の政策いかんが大きい。少子化を加速させてきた主因として、政府・財界の労務・労働政策がある。いま、その大転換が求められている。にもかかわらず、かれらは少子化対策を口実に、これまでの労務・労働政策を反省せず、かえってエスカレートさせている。これでは少子化をいっそう加速させるばかりだ。のみならず、「格差社会」を拡大し、この国をますます「住みにくい国」に追いやる。
小論で述べたいこと、強調したいことは、第一に、九〇年代の半ば以降、政府・財界の労務・労働政策の新展開(「新日本的経営」と「構造改革」の展開がその中心)が少子化を加速させた主因であること、第二に、したがっていま、断固たる労務・労働政策の転換が求められていること、にもかかわらず、こともあろうに少子化対策を口実に政府・財界は、これまでの労務・労働政策を一段とエスカレートさせていること、この二点である。
(牧野富夫「「小子化」と雇用問題」月刊経済06年9月号 新日本出版社 p52-53)
■━━━━━
就労と出産 両立困難
少子化対策 政府会議が認める
少子化対策を検討してきた「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議(議長・町村信孝官房長官)は十八日、首相官邸で会議を開き、重点戦略を決定しました。
重点戦略では、国民の結婚・出産にたいする希望と現実に大きな乖離(かいり)が存在すると指摘。とくに女性にとって「就労と出産・子育ては二者択一」になっている構造を解消する必要性を提起しました。
そのために、「働き方の見直しによる仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現」と、「出産・子育て支援の給付・サービスなど社会的基盤構築」を「『車の両輪』として、同時並行的に取り組んでいくことが必要不可欠」としています。
また、「効果的な財政投入が必要」として、現在四兆三千三百億円(二〇〇七年度推計)の「児童・家族関係の社会的支出」を、欧州諸国並みに引き上げた場合、一・五兆―二・四兆円の新たな追加支出額が必要と推計。「これを単に社会的コストの増大としてとらえるのでなく」、将来、より大きなベネフィット(利益)が生まれる「『未来への投資』と認識すべき」と強調しました。
制度設計と財源については「直ちに着手の上、税制改革の動向を踏まえつつ速やかに進めるべきだ」と明記。政府・与党の消費税増税論議と一体のものとして具体化する方向を打ち出しました。
政府は同戦略にもとづき、地方自治体に少子化対策推進本部となる「総合司令塔」の設置を要請することにしています。
《解説》
立ち遅れが鮮明に
「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議の発足の直接のきっかけは、昨年十二月に国立社会保障・人口問題研究所が発表した「将来推計人口」にあります。同推計は、二〇五五年の合計特殊出生率(女性一人が一生に産む子ども数の推計)は、前回推計よりも低下し、一・二六になると予測。政府は「少子化の流れを止めることができないことは深刻」(安倍晋三前首相)と事態を直視せざるをえなくなったのでした。
政府は、若者の約九割が結婚を希望し、夫婦の理想子ども数は二人以上という調査結果を踏まえると合計特殊出生率は一・七五程度にまで上昇する「仮定値」を推計。「希望実現を妨げる要因の除去」のため、(1)家族政策・制度の国際比較(2)働き方のあり方―などを検証してきました。
そこで鮮明になったのは、大きく立ち遅れた日本の「子育て・家族政策」の実態でした。家族関係の社会的支出のGDP(国内総生産)比は、スウェーデン3・54、フランス3・02、ドイツ2・01に対して、日本はわずか0・83というけた違いの低さ。合計特殊出生率が二に回復したフランスなみの政策を実施した場合の社会的支出の総額は、現在の二倍以上の十・六兆円になるとも試算しました。
「働き方」をめぐっても、正規労働者の長時間労働と、非正規労働者の低賃金という二極化構造が、結婚・出産・子育ての重大な障害になっていることが具体的に示されました。
問題は、明らかになった課題の解決方向が見えないことです。長時間労働の是正をめぐっては、「労使の自主的な取組が基本」とするだけ。異常な働かせ方への規制措置は盛り込まれません。
子育て支援の財源では、消費税増税という子育て世代にも負担を強いる方向をにじませました。
重点戦略では、早期対策をしないと、「国民の(結婚・出産への)希望水準が低下し、それが一層の少子化を招く」悪循環を警告しています。空前の利益を上げる大企業に応分の負担を求めることや、軍事費のむだを削るなど財政的確保をはじめ抜本的な打開策の検討は急務です。(宮沢毅)(「赤旗」20071219)
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
◎「原因・理由は……いくつも……だが、就業者の八割五分が労働者で、その生活が「雇用を前提とした賃金」で成り立っている以上、雇用と賃金のありようが結婚や出産に大きく影響し、少子化を加速させていることは疑いない」と。