学習通信060929
◎解雇が極めて困難……

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労働法制改悪のしくみ──三つの「やり放題」

 この間、学習会などに出向くと、「労働法制改悪の問題はむずかしくてよくわからない」とよく言われます。わかりやすく説明するというのはなかなかたいへんなのですが、私は「三つのやリ放題を許すことになる」とお話ししています。いまねらわれている労働法制改悪とは、労働契約法をあらたに制定することと労働基準法の改悪です。これによって、経営者が「やり放題」になることを三つにまとめることができます。

@労働条件切り下げの「やり放題」

 一つは労働条件切り下げのやり放題です。賃金の切リ下げ、労働時間延長という、いわゆる労働条件の切り下げだけではなくて、雇用形態の変更もありうるというものです。いずれも、就業規則を変更すればできることです。現在の状況では、就業規則の変更というときは、労働者にとって悪くなることは明らかで、それがやりやすくなるのです。

 雇用形態の変更というのは、これまでも実際には行われていて、たとえば、什事の成績が悪いからといって、正社員をパートにするといったものです。私たちも裁判でたたかっているのですが、東武鉄道系のゴルフ場では、経営状況が悪いという理由で、待遇はそれほど変わらないからとだまして、正社員から期間の定めのある契約社員に変えてしまったということがやられています。

 労働契約法ができることで、就業規則に、たとえば成績がよくないものは有期雇用契約にする≠ニいうものが入ったら、それがまかリ通る危険があります。正社員として採用された人が、期間の定めのない有期雇用にされるようなことが、本人の同意なしにできるのかは、法律的にも議論のあるところですが、実際に就業規則に書き込まれたら、それが実際にやられる危険はあります。

A解雇の「やり放題」

 二つ目は解雇の「やリ放題」です。解雇の金銭解決は、経営者が解雇した労働者から裁判で訴えられ、たとえ裁判に負けたとしても、お金さえ払えば解雇は成立するというものです。

 解雇の金銭解決は、在日米国商工会議所や日米の協議機関「日米投資イニシアティブ」で強く要求されたものです。アメリカ企業が日本で活動しやすいように日本の法律を変えろと、労働法制の規制緩和を露骨に要求してくる、いわば内政干渉です。いちばん最近の米国商工会議所の報告を見て驚きました。

「(現行の解雇権乱用法理は)まったく勤務成績の上がらない労働者や、成績の劣悪な労働者すらかかえなければならない義務を企業に負わせることから、健全な業務の遂行を妨げ、その結果労働者に全体として悪影響を及ぼす結果となっている」、つまリクビを切る自由を要求しているのです。

「使用者の経営判断の合理的行使に基づく解雇や人員削減を可能にするための明確な基準を確立する」ことを要請する。これと金銭解決を考えたら、経営者の気に入らないものは、どんどん追い出せることになります。

 整理解雇(倒産するような経営困難における解雇)もやりやすくなります。これまでの判例で確立されてきた「整理解雇の四要件」のなかで、いちばん大事なのは労働者、労働組合との協議を尽くすことです。ところが、これをしなくてすむしくみが、過半数労働組合または労使委員会、ニセの労働者代表の同意です。これらの同意が得られれば、整理解雇がものすごくやりやすくなるわけです。

 *「整理解雇の四要件」解雇が有効とされるための四つの条件。@整理解雇をしなければならない経営上の必要性があること、A整理解雇を必要とする前に配置転換、希望退職など解雇を避ける努力をしていること、B解雇対象者の選定基準が合理的なものであること、C労働組合や従業員らに十分に説明し、協議を尽くしていること。


Bただ働きの「やらせ放題」

 三つ目は、ただ働きの「やらせ放題」です。その中心は、「ホワイトカラー・エグゼンプション」で、事務や設計、営業、販売業務など、生産に直接たずさわらない労働者の労働時間は規制の対象から除外するというものです。

 「いまの裁量労働と何が違うのか」と質間されることがあります。裁量労動制とは、実際に何時間働いているかに関係なく、労使で定めた時間だけ働いているものとみなすもので、労働者が実際にはそれ以上働いても、使用者は残業代を支払う義務を負いません。これ自体不当なものですが、「みなし」ではあっても、労働時間の規制が前提とされています。ところが、今度は規制自体をなくすのです。また、現行の裁量労働制が適用される対象には、専門業務型と企画業務型があり、一応その対象となる労働者の範囲が決まっています。

一方、今回の労働時間規制除外は、いってみれば範囲の限定がありません。日本経団連の提案では、年収四〇〇万円以上の労働者がその対象です。「直接、労働時間の配分の指示を受けないもの」が対象だといわれますが、ホワイトカラーの労働は、管理職でなくても、労働時間の範囲内でいろいろな仕事を処理していくもので、この什事はいつまでに、次の仕事はいつまでになどと、細かな指示は普通受けないでしょう。だから、対象となる労働者はどこまでも広がります。

 また、ある範囲で仕事の追加を拒絶できる者が対象といわれますが、成果主義で査定が持ち込まれているもとで、仕事の追加を拒絶できる労働者がはたしてどれだけいるでしょうか。きわめて矛盾に満ちています。

 だから、ホワイトカラー労働者のほとんどが労働時間規制の適用を除外され、ただ働きがいま以上に蔓延することになります。

改悪の内容を知らせ、共同のたたかいをすすめ

 厚生労働省は、来年の通常国会への法案提出をめざしています。これを許さない国民的な運動をこの秋大きくすすめることが必要です。

 労働法制は一九八五年の労働者派遣法の成立以来、国会で数の力によって次つぎと改悪されてきました。そのなかでも、労働者と国民のたたかいによって、いろいろな歯止めをかけてきたのです。たとえば裁量労働制でいえば、導入できる業務を限定させるとか、企画業務型裁量労働では、労使委員会で五分の四が賛成しなければ導人できないなど、経営者にとって使いにくい「しばり」をかけてきましたが、全体としては改悪の連続でした。そして今回は、その「しばり」を標的にしているのです。

 しかし、二〇〇三年の労働基準法改悪のときに、はっきりしたことは、たたかえば前進できるということでした。二つの点からそういえます。

 一つは、このときにも解雇の金銭解決制度が提案され、法的にそんなことが成り立つのかという議論もあったのですが、それにしてもあまりにもひどいということで、法案になる前につぶすことができました。

 もう一つは、解雇は基本的には経営者の自由だという規定が持ち込まれようとしたのです。これも、全労連や連合など労働界だけでなく、法曹界も含めて反対をして、最終的には、条文は、労働基準法第一八条の二として「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」となりました。

つまり、経営者側は「解雇は自由」ということを盛り込ませようとしたのに、逆に解雇を制限するというものに変えたのです。こんな「逆転」はだれも予想していませんでした。今度の労働法制改悪では、これをはずそうとしています。

 私が一番言いたいことは、労働法制の改悪はこれまでずいぶんやられてきましたが、その内容があまりにもひどいもので、労働者、国民との矛盾を深刻にしてきているために、さらなる労働の規制緩和は、数年前あたりから財界や政府の思い通りにいかなくなっているのではないか、今回、労働政策審議会の議論が中断したのも、そのことの一つの表れではなかったのか、ということです。

「これ以上の規制緩和をすすめていいのか」という世論と結んで

 ですから、今回の労働法制改悪が、いまでさえおくれている日本の働くルールを、さらに後退させるものであること、労働者と国民に犠牲を押し付けるものであることを知らせていくことが必要です。「格差社会」の広がり、「少子化」の進行などのなかで、「日本はこのままでいいのか」「働き方の規制緩和をこれ以上すすめていいのか」という国民の世論がずっと広がってきています。

どこまでも利潤を追求する財界・大企業と、それを後押しする自民党政府が、規制緩和路線を白分たちから改めることはありませんが、私たちが「格差社会」と「少子化」に歯止めをかける世論と運動を広げていけば、これを食いとめることはできると思います。

 二〇〇三年の労働基準法が改悪された国会で、私は衆議院の厚生労働委員会に参考人として出席し、労基法改悪が日本社会にどういう問題をもたらすと考えるかという質問に、次のように答えました。

 政府レベルでも少子化対策の議論がされており、企業での出会いの情報の提供、不妊治療の研究などがすすめられているが、問題の根源はそういうところにあるのではない。子育てにはお金がかかるのに、若者が不安定雇用に追い込まれ、安い賃金しか受け取れなければ、結婚もできないし、安心して子どもを産み育てることもできない。

年金の危機といわれるが、保険料も払えないような低賃金で、社会保障制度に組み込めないような労働者を増やしていったら、年金制度が維持できなくなるのは当然ではないか。こんなことをすすめる労働法制改悪はやめるべきだ──このような発言をしたのですが、このことは、いまいっそうはっきりしてきていると思います。

いまこそ労働組合の力を発揮しよう

 労働者の状態悪化は、労働者の問題であると同時に日本社会全体の間題となっています。そういう認識が広がりつつありますから、運動をすすめるときも、いろんな階層の人々と広く交流し、結びついていくことが大切だと思います。

労働者の状態をこれ以上ひどくしたら、日本社会の未来はない。若者を不安定な雇用に押し込んでいては、少子化も止まらない。年取った親が若者を支えなければならないような社会になってしまう。こんなことでいいのか≠ニ訴えていけば、労働法制改悪反対の世論と運動を大きく広げていくことはできると思います。

 七月にあった東大阪市の市長選挙で革新の候補が勝利したのをはじめ、地方議会の選挙でも日本共産党が健闘しています。大増税と社会保障切り捨てにたいする批判と不安はどこでも大きく、政治の流れを変えてほしいという新しい流れが始まっています。労働法制改悪阻止の運動も、こういう流れと結びつくものですし、それができたら阻止することはできると思います。だから、私たちの労働組合と革新民主勢力の運動もせまくしないで、いろんな団体とも話し合いながら、運動を広げていくことが必要だと思っています。

 光洋シーリングテクノでの「偽装請負」是正のたたかいも、行政指導に期待しているだけでは展望はありませんでした。私がずっと強調してきたのは、われわれは個人でたたかっているんじやない、職場と生産に影響をもつ労働組合のたたかいなんだ、労働組合としてできることは何でもやろう、いまこそ労働組合の力を発揮しようじやないか、ということでした。その結果、新しい局面を開くことができました。

 私たちの運動は、なかなか先が見えないというときもあるし、何がどう変わるかわからないということもあります。運動というのは、やはり自分たちの力で切り開いていくものなのだと、あらためて感じます。
(生熊茂実「「偽装請負」是正の闘いと労働法制改悪の矛盾」前衛2006.10月号 p120-124)

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十字路
非正規雇用の増加と格差問題

 今年前半の個人消費は天候不順の影響から低迷したが、この間の家計所得は四─六月期の雇用者報酬が前年比一・九%増であったことからうかがえるように、緩やかに増加した。

 しかし所得増加の背景は雇用者数の増加であり、一人当たり賃金の増加は極めて緩やかな伸びにとどまっている。四─六月期の法人企業統計では従業員給与(前年同期比)が五・六%増とそれまでの二%台の伸びを上回っているものの、従業員数は六・五%増となっている。単純に計算すると一人当たり賃金は下落したことになる。

 一方、今年の春季賃金改定交渉などの結果をみると、一人当たり賃金は明らかに上昇している。両者の相違はどこから来るのだろうか。

 実は雇用者数の増加の多くは非正規雇用、具体的には派遣・契約労働者の増加である。また、正社員の給与も団塊世代の退社とともに従業員の平均年齢が若返り、その結果、平均賃金上昇率が減速している可能性がある。

 各自の賃金は上昇しているのに、平均賃金が伸び悩んでいる背景は労働市場の構造変化だ。

 ただ、非正規雇用が突出して増加している現状は正常な姿とはいえない。非正規雇用者の待遇を改善する必要があるが、そのために派遣労働者の契約更新回数に上限を設けるのは現実的な対応でない。単に派遣労働者の短期雇用化を促進するだけだ。

 むしろ正社員の解雇が極めて困難という現実を直視すべきだ。企業は解雇が困難な正社員の雇用を最小限にとどめようとするからだ。雇用の流動化は決して労働者に不利とばかりは言えない。

労働者が普遍的な人的資源を蓄積できれば他社への転出も容易になる。労働者の自覚を促すというプラスの面もある。非正規雇用の増加という格差問題の解決は正規雇用者の過保護規定を変えることが基本だ。
 (JPモルガン証券 チーフエコノミスト 菅野雅明)
(日経新聞夕刊 2006912)

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◎「われわれは個人でたたかっているんじやない、職場と生産に影響をもつ労働組合のたたかい」。