学習通信051213
◎……主張する生活力

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一九四五年七月三十日
 福島県郡山市開成山の百合子から網走刑務所の顕治宛

 七月二十八日 晴 爽やかな日、縁側に、荷づくりする物を干しています。昨夜は九時すぎから、二時間おき位にボーで起きました南の山の方に光りも見ました。
 きょうは爽やかな日となりました、暑いけれどもここらしくからりとした風が吹わたって。

 上段の卓の一方に私がこれをかいて居り、左手に太郎が頭をかいたり唸ったりし乍ら、宿題をやって居ります。空の模様のため学校は休みで、宿題が出ていたのを、急にやるので、大さわぎなのよ。うちには、机一つ勉強出来るよぅにはなっていないのだから、太郎のフラフラも無理なしですが。この子は数学の方が国語よりすきだって。本を並べて見ると、成程と思います、わたしだって健全な頭をもつ子供だったらやはり数学の方が面白いわ。

 この頃の子は五年で、立体なんかもやるのね。もし欠点をいうと、原理を知らなくて、キカイ的に計算法だけ(形式として)うのみにしているから、本式の数学勉強をはじめると、先ず円周率ということから、やり直しね。

 只、いくらをかけるとして学んで居りますから。しかし、太郎も、こうして勉強するのが、自然と地になっている人間がいると、落着けるらしくて何よりです。勉強なんて、つまるところ、頭の体操ですものね、大切なことです発育には。

 アナトール・フランスの遊歩場の楡の木をよみました、いろいろ感じ、アナトール・フランスという作家と自分とは、肌の合わない感じを、新たにいたします。アナトールの文章は体温が低いのね、知力で体温が下って居るようです。現代物語なんか素材としては忌憚なく作家としてまともな突こみで、大人らしくぶつかっているのに、わきから、書きすぎていて(作家自身のインテリジェンスの平静は乱されず)というところがありすぎて、文章がやせていて(磨かれすぎていて)迫力よほど低うございますのね、バルザックは、彼のめちゃくちゃさ(人くさくて)、面白いとしみぐ思います。

文学の歴史ということを思いかえします。いろくな素質の(秀抜な)集積として現代は、より凡庸な(彼等と比較して)作家にも、ずっと前進した地盤を示して居るのですものね、問題は、作家がどこ迄其を自覚し、どこまで自分をそこできたえ得るかというところでしょう。

 バルザックは本当に面白いわ。昔トルストイに深く傾倒いたしました、そのころの年齢や何かから、トルストイのモラルが、その強壮な呼吸で、わかりやすい推論で、大いに、プラスになったのでした。けれども、明日の可能はトルストイの中にはないことねえ。

妙な表現ですが、トルストイは或意味で、世界に対する声であったでしょう、バルザックは世界に対して一つの存在です。

声は、整理され、或る発声により響きます、存在はそのものもの存在自身で、その矛盾においてさえ、主張する生活力を示して居ります。

わたしは、この頃、この、それが在るということの微妙さというか、意味ふかさを痛切に感じます。或るものが、或る在りようをするということ、そこには何より強いものがあります。ぬくべからざるものがあるわ。
 そしてそれが人生の底です。歴史の礎です。
 いかに在るか在ろうとしつつあるか、ありつつあるか。ほかに文句はいらないわ。

 小説もここのところがギリギリね。小説の文章というものはその意味から云って、一行も「叙述」というような平板なものがあるべきでありません。

人間が考え動きしている必ず人間がついている、その脈搏、その必然で充たされていなくてはならず、そういう、きびしいリアリズムの点つけから云うと、志賀直哉は、やはり偉いわ、セザンヌと同じ意味で。似た限界において。

漱石が大衆性をもっているのは、或意味で、あのダラダラ文章イージーな寄席話術の流れがある故です。

小説らしくない文章の人──山本有三、島木健作が、文学的でない人にもよまれるというのは、面白い点です。文化の水準の問題としてね。すこし年をとって、一方にちょいとした人生論が出来上ったりしている人物が露伴や何かの随筆をすくのも、程よい酒の味というところね。随筆とくに(日本のは)人間良心の日当ぼっこですから。

ああわたしは、又わきめをふらず、一意専心にこのセザンヌ風プラス明日という文章をかきたいわ。のっぴきならざる小説が書きたいわ。文士ならざる芸術品がつくりたいわ。堂々と落着いていて、本質にあつい作品が書きとうございます。ブランカの精髄を濃いでね。
 今はもう夕方よ。台所から煙の匂いがして太郎は書取中です。(後略)
(宮本顕治・宮本百合子「十二年の手紙 下」筑摩書房 p198-220)

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「真実の経験」と「ほんとうの発見」

 つぎに、「勇ましい友」という話が続く。
 それは、コペル君が、北見君という友達と親友になったきっかけの、「あぶらげ事件」の話である。

 コペル君の学級には、貧しい豆腐屋の子どもの浦川君がいた。浦川君は、いつも弁当にあぶらげばかり持ってくるし、身なりも貧しくて、いつもクラスの子どもたちに馬鹿にされていた。ある日、浦川君をいじめた子どもたちに対して、北見君は怒って抗議し、けんかになった。コペル君は、その北見君の勇ましい姿に、人間としての勇気と素晴らしさを感じる。

 コペル君は、この「あぶらげ事件」と北見君のことをおじさんに話す。その話を聴いたおじさんは、君が、卑劣なことや、下等なことや、ひねくれたことを憎んで、男らしいまっすぐな精神を尊敬している、北見君のそういう精神を尊敬しているのを見て非常に安心をしたと言い、コペル君もそろそろ、世の中で何が立派な人間の生き方なのか、ということを本気に考えるようになってきている、これは非常に大事なことなんだと語る。

 そして人間が生きていくというのはどういうことか、人間が立派に生きるとはどういうことか、を考えていく時に、どうしてもそのことをおいてはその問いが貧しくなってしまうような大事なことがあると言い、それは、つぎのようなことだと語りかける。

 「まず肝心なことは、いつでも自分がほんとうに感じたことや、真実、心を動かされたことから出発して、その意味を考えていくことだと思う。君がなにかしみじみと感じたり、心の底から思ったりしたことを、少しもごまかしてはいけない、そうして、どういうばあいに、どういうことについて、どんな感じを受けたか、それをよく考えて見るのだ。そうすると、あるとき、あるところで、君がある感動を受けたという、くりかえすことのない、ただ一度の経験の中に、そのときにだけにとどまらない意味のあることがわかってくる。それが、ほんとうの君の思想というものだ。これは、むずかしいことばでいいかえると、つねに自分の体験から出発して正直に考えていけ、ということなんだが、このことは、コペル君、ほんとうに大切なことなんだよ。ここにごまかしがあったら、どんなに偉そうなことを考えたり、いったりしても、みんなうそになってしまうんだ。」

「もしも君が、学校でこう教えられ、世間でもそれがりっぱなこととして通っているからといって、ただそれだけで、いわれたとおりに行動し、教えられたとおりに生きてゆこうとするならば、──コペル君、いいか、それじゃあ、君はいつまでたっても、一人まえの人間にはなれないんだ。子どものうちはそれでいい。しかし、もう君の年になると、それだけじゃあだめなんだ。肝心なことは、世間の目よりも何よりも、きみ自身がまず、人間の立派さがどこにあるか、それをほんとうに君のたましいで知ることだ。そうして、心の底から、りっぱな人間になりたいという気持ちを起こすことだ。いいことをいいことだとし、悪いことを悪いことだとし、一つ一つ判断をしていくときにも、また、君がいいと判断したことをやっていくときにも、いつでも、君の胸からわき出てくる、いきいきとした感情につらぬかれていなくてはいけない。」

「世間には、他人の目にりっぱに見えるように、見えるようにとふるまっている人が、ずいぶんある。そういう人は、自分が人の目にどううつるかということを、いちばん気にするようになって、ほんとうの自分、ありのままの自分がどんなものかということを、つい、おるすにしてしまうものだ。ぽくは、君にそんな人になってもらいたくないと思う。」

「だから、コペル君、くりかえしていうけれど、君自身が心から感じたことや、しみじみと心を動かされたことを、くれぐれも大切にしなくてはいけない。」

 本当に人間として立派に生きていってほしい、人間として立派に生きるというのはどういうことかを考えてほしいと、コペル君におじさんは期待をしている。そして、その際に、本当に自分の感じていることや思っていることをごまかして、他人が偉く思うとか思わないという基準で自分を作っていくということがあってはならないということ、あくまでも自分の心から感じたことを中心に、そこから出発して生き方を考えていくということが大事だということを、強調している。

 コペル君は、そういうおじさんの励ましをうけるなかで、さらに一つの発見をする。

 ある朝、コペル君は、ふとんのなかで目をさまして、ふっと、自分が小さい時に飲んでいた粉ミルクのことを思い出す。そして、その粉ミルクはオーストラリアの牛から取れる。その乳を搾るために働いている人びとがいて、それがミルクに加工されて、船に乗って日本の赤ん坊のところまで届くまでには、さらに多くの人びとの手が加わることを頭におもいうかべる。

 そして粉ミルクだけでなく、日常生きる手段として使っているものはすべて、見たこともないような人びとの労働が加わって、人びとがかかわってできてきていることを考える。こうして人間は、人びとの関係のなかで育ち、生きているということに気づく。

 コペル君は、このことを、人間は大きな関係のなかの分子であって、その関係は網の目のように張りめぐらされている、だから、「人間分子の関係、あみ目の法則」だと自分で名づける。

 そして、重要な発見をしたとおじさんに勢いこんで話す。
 それに対しておじさんは、本当に自分の感じたものから出発して考えていくということが大事であり、どんなにつまらない感想に思えても、そこからどんどん、ものを考えていくことが大事だ、だから、コペル君が、粉ミルクのことから出発して、「人間分子の関係、あみ目の法則」を発見したことはたいへん大事なことだと評価しながら、しかし、それは、実はコペル君がはじめて発見したというようなことではなく、社会学や経済学のなかで、「生産関係」と呼ばれているものであることを教える。

人間が生きていくのに、いろいろなものが必要で、そのために、自然のなかにあるいろんな材料を使っていろんなものを作り出していかなければいけない。そのためには、人びとがいろいろな関係を結びながら、働き続けていかなければならない。その関係を、社会学や経済学では「生産関係」と呼んできた。コペル君が網の目の関係と言ったのは、もうずっと以前から「生産関係」ということばで問題にされてきたことだと。

 そして、自分の実感から出発して、「生産関係」「あみ目の法則」というものを発見したことは大事だとしながら、さらに、「ほんとうに人類の役にたち、万人から尊敬されるだけの発見というものは、どんなものか」を考えてみる必要があると問いかけ、コペル君に対してつぎのようにおじさんは言う。

「君がはじめて知ったというだけでなく、君がそれを知ったということが、同時に、人類がはじめてそれを知ったという意味をもつものでなくてはならないのだ。」そうでなければ、本当に意味のある発見とは言えない、だから、独り善がりで、発見したと喜んでいるだけではなく、できるだけ学問を学んで、いままでの人類の経験から教わらなければいけないのだと。

 以上の二つの話のなかには、すでに、あとに大きくあつかわれる生産関係の問題や、貧困の問題が、顔を出している。しかし、この二つの話のなかでは、とくに生き方を考えていくためにどういう態度が必要なのか、ということに力点が置かれている。

 それをもう一度あらためてまとめておくとつぎのようなことである。何が立派な生き方かを考えていく上で、あくまでも自分の実生活のなかで感じている実感から出発をしないと、その問いが空しいものになっていく、ということ。しかし実感のレベルにだけこだわっていては、本当に意味のある発見というのはなかなかできないこと。

実感から出発しながらも、自分が問題に感じていることが、これまでの人類の思索のなかでどういうふうに考えられてきて、どこまで考えが煮詰められてきている問題なのかを少なくとも知り、それを踏まえてさらに考える。という努力がなければならないということ。そのためにこそ、学問をする意味があるのだということ。
(田中孝彦著「子育ての思想」新日本新書 p84-99)

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◎「そのためにこそ、学問をする意味があるのだ」と。