学習通信050826
◎「アハ!」体験……
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ニュートン(一六四二〜一七二七)が亡くなる前年の四月一五日、ロンドン西方のかれの家を訪れたスタックレー氏は、昼食をともにしたあと庭にでて、数本のりんごの木かげてお茶を飲んでいると、話の合い間にニュートンが、「昔、万有引力の考えが心に浮かんだときとそっくりだ。瞑想にふけっていると、たまたまりんごが落ちて、はっと思いついたのだ」といったと『回想録』に伝えています。
よく似た話がフランスの啓蒙思想家ヴォルテール(一六九四〜一七七八)の『イギリス便り』(一三三ページ参照)にもでています。ここでは、若いニュートンが、一六六六年、ロンドンをおそった悪疫大流行をさけてウールスソープの生家にかえっていたある日、庭を散歩していて果物が落ちるのをみて、この物体を落下させる地球の引力(重力)が、月にまで及んでいるのではないかと考えて、その計算をはじめた、というのです。
ニュートンとりんご──この物語にはおそらく真偽がとりまぜられているのでしょう、が、その本質は、ニュートンのやった仕事の意義をよくあらわしているように思われます。というのは、この物語は、りんごの落下という地上の力学が、月の運動というはるかかなたの天体の運動にまで通用するのだという、今日ではあたりまえですが一七世紀には多くの科学者がとりあげた課題を、ニュートンもその一人としてとりあげ、万有引力によって天地をつらぬく力学体系の建設に成功したということをあらわしているからです。
これは、古代・中世を通じて、天と地とは貴賤の差別のある別世界だとしてきたスコラ流の古い自然観と最終的に決別するという思想上の課題の解決だっただけではありません。一五世紀なかば以来、マニュファクチュア(工場制手工業)の発展とともにすすんできた資本主義生産の技術──鉱山・運輸・軍事などの技術、とりわけ航海術・砲術・機械学の発展によって、近代科学が生まれ、そのなかでまっさきに成立したのが、力学と天文学とであり、この二つを結びつけるという時代の要求に、ニュートンがこたえたということでもあります。
かれはこれを大著『ブリンキピア』(一六八七年)にまとめましたが、これをふくめてニュートンの科学上の仕事のなかには、一五世紀なかば以来つくりあげられてきた近代科学というものの姿が、総まとめに結晶しているといってよいでしょう。その意味で、ニュートンにおいて「近代科学の第一期は終わる」(エンゲルス)のです。そこで、まずこのことを、かれの光学研究のなかでみることにしましょう。
(大沼正則著「科学の歴史」青木教養選書 p120-122)
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ニュートンの「アハ!」体験
脳科学者 茂木健一郎
人間の脳の素晴らしい特徴の一つは、ふとしたきっかけで新しいことに気付くことができることである。
ニュートンが、リンゴが木から落ちるのを見て万有引力の法則を発見したエピソードは余りにも有名である。ニュートンのような天才たちのひらめきが、人類の歴史を創ってきた。
英語では、「ああ、そうか!」と気付いた時の感覚を「アハ!」という言葉で表す。このため、一瞬のうちに何かに気付くプロセスは、「アハ!」体験とも呼ばれる。
最近の研究によって、「アハ!」体験のような創造的なプロセスも、広い意味では学習の一部であることが判ってきた。学習と創造性は直接には結びつかないような印象もあるが、実際には両者は深く関係しているのである。
「アハ!」体験を生み出す脳のメカニズムは、「一発学習」とも呼ばれる。一度気付けば、もう二度と忘れることがないので、一発」で完結する「学習」だとされる。
一発学習に関する研究によると、「アハ!」と気付いた時、脳の中では〇・一秒ほどの短い時間、神経細胞が一斉に活動するらしい。この活動の結果、神経細胞の間の結合が強められ、一瞬で学習が完結するのである。
学校時代の勉強を振り返ってみても、学んでいることを本当に「納得」する瞬間には、「ああ、そうか」というひらめきがあった。能動的な学習は、ニユートンの「アハ!」体験と共通の脳のメカニズムに支えられている。
学ぶことは創造性と直結している。一生能動的に学び続けることで、人生を豊かなものにすることができるのである。
(日経新聞20050825 夕刊 「あすへの話題」)
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◎「マニュファクチュアの発展とともにすすんできた資本主義生産の技術……とりわけ航海術・砲術・機械学の発展によって、近代科学が生まれ……まっさきに成立したのが、力学と天文学……この二つを結びつけるという時代の要求に、ニュートンがこたえた」と。