学習通信040507
◎会社が人を殺す……。

■━━━━━

まえがき

 その日は、手がかじかむほどの寒い朝でした。東京のJR池袋駅付近の喫茶店で、二十三歳の息子を過労自殺で亡くした母親と向き合っていました。母親は自殺に至る経過をくわしく話した後、怒りの表情を浮かべ、こういいました。

 「成人になるまで息子を育てあげました。寿命をまっとうすることができない企業とは一体何なのでしょう。軍隊と同じではないですか?」

 離婚し、女手一つで大学まで出しました。喜んで社会へ送り出した直後の死でした。あの戦前、赤紙一枚で徴兵され戦死した息子を悲しむ母親のそれと同じ心境だったに違いありません。「軍隊と同じではないですか?」。この母親の問いかけに、ただうなずくしかありませんでした。

 大手電機メーカーを取材していたときのことです。朝礼で整列した労働者たちがこぶしを振り上げ、「今こそおれはやるぞ──ッ」「やってから考えるぞ──ッ」「やるぞ──ッ、やるぞ──ッ、やるぞ──ッ」と、七、ハ回も唱和をくり返す光景を目撃しました。

 五十代とおぼしき労働者も混じるその唱和に、何ともいえない気分に陥り、やがてそのおぞましさに耐え切れなくなり、目をそらしました。

 「企業戦士」とはよくいったものです。日本の企業組織と戦前の軍隊組織の類似性はしばしば指摘されてきました。徹底した「滅私」の精神の強制です。

 今、職種、年齢、男女を問わず過労死はあらゆる層にひろがりを見せています。学校を卒業してまもない若者たちも次々と倒れています。教職員たちの平和運動の原点である「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンを思い出すたび、もう一つの企業という名の戦場もその中に含めてほしいな、とつくづく思われます。

 「デートと残業のどちらを選ぶ?」の設問に、大半の若者が「残業」と答える時代です。就職やリストラのきびしさがそういわせている面もありますが、労働基準法も労働者の権利も教えられず素手の状態で社会に巣立つ若者たちに、強い不安を抱かざるを得ません。

 出版社に勤務する大学を出たばかりの若者が過労死し、その葬儀の場で会社幹部たちがヒソヒソ話で、「意外ともろかったな」といっていたという話を聞いたことがあります。不謹慎きわまる言辞ですが、その会社幹部は正直そう思っていたのかもしれません。人間を戦力≠ナしか見ることができないところに、現代日本の企業組織の深刻な問題が内在しています。
(しんぶん赤旗国民運動部「仕事が終わらない」新日本出版社 p3-4)

■━━━━━

会社ぐるみの殺人

「逮捕された人はこれまでのウソを全部明らかにしてほしい」。二〇〇三年のタイヤ脱落事故で娘の岡本紫穂さん(当時29)を失った母、増田陽子さん(55)は六日午後、横浜市内で記者会見し、三菱側への怒りを改めてぶつけた。

 この日は増田さんの誕生日。午前中に紫穂さんの墓を訪れ、「三菱の幹部が逮捕されることになったが、あなたはもう戻ってこないね」と語り掛けたという。

 黒いジヤケット姿で会見した増田さんは涙をこらえながら「逮捕は一歩前進」と話したものの、「あの事故は会社ぐるみの殺人。一生許さない」と、ハンカチを握り締めた。

 一方、紫穂さんの夫、岡本明雄さん(38)は「痛ましい事故で妻が死亡したにもかかわらず、真相を隠ぺいしようとしていた三菱自動車関係者を一生許すことはできません。どうかこのような悲しい事故を再発させないでください。もう私たちだけでたくさんです」とのコメントを出した。
(日経新聞 040507)

■━━━━━

 一八六三年六月の最後の週、ロンドンのすべての日刊新聞は「単なる過度労働からの死」という「センセーショナル」な見出しをつけた一文を掲載した。

話題になったのは、非常に声望のある宮廷用婦人服仕立所で仕事をしていて、エリーズという感じのよい名前の婦人に搾取されていたメアリー・アン・ウォークリーという二〇歳の婦人服仕立女工の死亡のことであった。

しばしば語られた古い物語が、いままた新たに発見されたのであって、これらの娘たちは平均して一六時間半、しかし社交季節にはしばしば三〇時間も休みなしに労働し「労働力」が思うように動かなくなると、ときおりシェリー酒やポートワインやコーヒーを与えて動くようにしておくというのである。

ところで、時はまさに社交季節の最中であった。新たに輸入されたイギリス皇太子妃〔のちのエドワード七世に一八六三年三月に嫁いだデンマーク王女アレクサンドラ〕の祝賀舞踏会用の貴婦人たちの豪華なドレスをあっと言う間に仕上げるという魔法が必要であった。

メアリー・アン・ウォークリーは、他の六〇人の娘たちと一緒に、必要な空気容積のほとんど1/3もない一室で三〇人ずつとなって、二六時間半も休みなく労働し、他方、夜は、一つの寝室をさまざまな板の仕切りで仕切った息詰まる穴の一つのなかで、一つのベッドに二人ずつで寝た。

しかもこれは、ロンドンの婦人服仕立屋のなかでは比較的よい方であった。メアリー・アン・ウォークリーは金曜日に病気になり、エリーズ夫人のおどろいたことには、そのまえに縫いかけの婦人服の最後の仕上げさえもせずに、日曜日に死んだ。

あまりにも遅く死の床に呼ばれた医師キーズ氏は、「検屍官審問陪審=xで、率直に証言した──「メアリー・アン・ウォークリーは過密な作業室における長時間労働と、狭すぎる換気不良の寝室とのために死んだ」と。

これにたいして、検屍官審問陪審≠ニは、この医師に礼儀作法について教えをたれるために、〔評決のなかで〕次のように言明した──「死亡者は脳卒中で死んだのであるが、彼女の死が過密な作業場における過度労働などによって早められたものと懸念される理由がある」と。

わが「白人奴隷は」と自由貿易主義者諸公コブデンおよびブライトの機関紙『モーニング・スター』は叫んだ、「わが白人奴隷は墓場に入りゆくまで苦役させられ、音もなくなえ果てて死にゆく」と。
(マルクス著「資本論A」新日本新書 p435-437)

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
◎会社が人を殺す……何故。そして国家が人を殺す戦争