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●2011/7/31
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『しんぶん赤旗』
◇吉益敏文ほか著
「学級崩壊 荒れる子どもは何を求めているのか
評者 佐貫浩・法政大教授
この本は、実際に学級崩壊に直面した教師の体験をたどりつつ、教師が立ち直る道を探る分析の記録──
なぜ教師は子どもの攻撃に襲われるのか──生きられらない鬱憤を晴らそうとする子どもたち。いじめにつながる同調ゲームが、「まじめ」な子どもも一挙に教師に同調──子どもの残酷性に晒され、教師は言葉の力を失い無力感に──次の構造が指摘されている。第1──、第2──
学級崩壊を個々の自己責任として教師を孤立においやるのでなく、また現状を同僚や親に率直に話すことが教師の責任放棄と受けとられるのでもなく、子どもを育てる共同責務を再構成する大人の関係性を新たに作り出す契機とすることが求められている。
学級崩壊との格闘は、教育実践のフロンティアです──
『日本経済新聞』
◇@ネット
フェイスブック「開国」せまる
7億5000万人の「世界世論」
就活学生に広がり
利用者は世界に7億5千万人。来年予想される株式上場時の時価総額は推定10兆円──フェイスブック──
ハーバードの秀才が顔写真入りの実名で情報交換する交流サイトは「ネット時代の社交場」。若者の間で「クールだ」と評判になり、名門私立大学や地方大が倣った。ほどなくビジネスマンにも浸透した。──世界でもっても利用されているメディアのグーグルは10年、282億jの広告収入を得た。フエィスブックは推定で18億6千万ドル──
2億2500万人の会員を抱え、ハードとソフトで稼ぐアップル。利用は無料だが世界のネット人口約20億人をほぼ取り込んだグーグル。その2強をフェイスブックが追い上げる。これが世界のネット市場の勢力図だ。
◇中外時評
働く女性「なでしこ」に続け
均等法25年、道まだ半ば
論説委員 岩田三代
「サッカーは男のスポーツ」とのイメージも強い日本で女性がサッカーを続けること自体、簡単ではない。それをはねかえし──またひとつ社会が変わりつつあることを感じだ。
1986年に男女雇用均等法が施行されてから25年がたつ。──当時、経営者団体からは「こんな法律ができたら日本は崩壊する」と反対の声もあがった。
86年に1534万人だった女性雇用者は2010年には2329万人と、雇用者全体の43%にまで増え──活躍分野もひろがった。大手企業の管理職や役員になる例も目につく。
女性が働くことはもはや当たり前になった──とはいえ、均等への道はまだ半ばだ。世界の変化に比べて日本の歩みはあまりに遅い──
◇知りたい!そのデータ
──結婚相手に求める年収
「400万円台可」46%
「夫の年収は 400万円でも可」と答えた未婚女性が46%──。
国税庁の民間給与実態統計調査では25〜39歳の男性の平均年収は355万〜497万円。
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●2011/7/30
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『しんぶん赤旗』
◇障害者基本法改正成立
制度改革の第一歩
実施制限など課題残す
──障害者基本法改正は、国連の障害者権利条約の批准に向けて国内関連法を整備してゆくためのベースとなるもの──理念としては「すべての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有する個人として尊重されるもの」──障害者の定義について「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」と規定し、障害の状況をみるとき、社会参加を阻む社会的環境も勘案すること──
『日本経済新聞』
◇生産95% 輸出94%
震災前水準に近づく
設備投資はすでに回復
円高・海外経済が不安要因
■@GAKUTOMO NO.355
第19回集中セミナー『労働法 その原理と実際』の講義後、萬井先生に職場で気になっていことを聞いてみました。
それは、派遣労働者のこと。私の職場は介護の職場、そこにも派遣労働者が入ってきています。
とは言っても、他の業界と違うのは介護の職場は安い賃金のうえ、劣悪な労働条件のため、介護職員の体制が安定せずに慢性的に不足しているということです。
派遣会社は、派遣の依頼をするとすぐに人材を送りだすという性格の会社ですので、職員体制が安定しない職場には打ってつけです。
ただ介護職場=生活施設ですので、切れ目のないサービス提供が大切であり、使用者側は基本的には正規で長く働いてもらいたいと思っています。
しかし、職員募集してもなかなか集まらないのが現状ですから、派遣会社に頼らざるを得ない…。派遣会社は派遣契約を結ぶ際、なんと!「派遣労働者に直接雇用の交渉をしてはならない」という旨の誓約書をとっているようです。
このことを先生に聞いてみた。何のことはない。労働者派遣法 第33条には「派遣労働者に係る雇用制限の禁止」とあり、「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者又は派遣労働者として雇用しようとする労働者との間で、正当な理由がなく、その者に係る派遣先である者(派遣先であつた者を含む。次項において同じ。)又は派遣先となることとなる者に当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用されることを禁ずる旨の契約を締結してはならない。」とされています。違反です。(書)11/7/27
◎問題の本質は、つづけて働ける職場にすることではないのか。派遣でなく正規で働いている労働者がイキイキしているのか。技術上の問題でも、働きがいの問題でも、一度働いたら離れがたい職場(仕事)に変革するために労働組合幹部=○○さんは、寝食をわすれて奮闘すべきではないか。人間をあつかう職場とはどういうものなのか。豊かな展開が不可能なのだろうか。全知全能を動員して政策をつくり行動すべきだ。結局は……、「政治の責任」にするだけではなさけないではないか。運動の力を高めなければならない。スト権を剥奪(政治の力で)された自治体労働者の血のにじむような奮闘で、既得権を積み上げてきた教訓にも学ばなければならないと思います。(む)
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●2011/7/29
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『しんぶん赤旗』
◇連載
追跡 原発利益共同体
7月20日
財界の野望 1
利権最優先の推進派
7月21日
財界の野望 2
「大いなる収穫を期待」
7月26日
財界の野望 3
毒をもって毒を制す
7月27日
財界の野望 4
国家をあげた産業育成
7月28日
財界の野望 5
地域独占体制の構築
7月29日
財界の野望 6
「神話」の刷り込み戦略
◇連載
続 原発の源流と日米関係
7月25日──1
原子力協定の改定 上
なぜ「国家安全保障」の文言
7月26日──2
原子力協定の改定 下
安保条件が絶対条件
7月27日──3
「核武装」論
原発か核保有力≠ゥ
7月28日──4
福島原発事故対処
ホワイトハウス直結
7月29日──5
福島事故とオバマ政権
撤退発言に米が圧力
◇連載
7月25日
中東変革の波 どうみる
インタビュー 上
ラミ・フーリさん
人間の尊厳を求めた行動
7月26日
インタビュー 下
ザイン・アミンさん
権威主義的政権への反抗
『日本経済新聞』
◇アフリカ東部大干ばつ
過去60年間で最悪
食料不足1200万人
◇公立小中高
教員3人に1人 50歳以上
中高は平均年齢最高
◇任天堂、「3DS」失速
四半期決算初の営業赤字 4〜6月
人気ソフト不足
携帯ゲームにも顧客流出も
■@GAKUTOMO NO.354
HORIMARUセミナーがいよいよ今週末の日曜日、31日に迫っています。今、139期に学ぶ仲間ののまわり、街ゆく労働者に働きかけ、“搾取”について、考えようと、準備をすすめています。
「就職活動で行きづまっているようで、いろんな人とも話せる機会だし、私たちの生きる社会の矛盾の根源になにがあるがあるか、一緒に考えよう」と話し来てくれることや、自分が労働学校というところに行っていることを話すと興味を持ってくれたけど、大阪に住んでいるということで一日だけならと来てくれることになったり…“新しい仲間”の申し込みも。
当然、話しかけた仲間全員が、興味を持って聞いてもらえる訳でもなく、「ハイ、ハイ」としか聞いてもらえなかったり、「興味ないっ!」ってハッキリ言われてそれ以上いえず、くじけてしまうこともあります。
そうしたまわりへ話した経験をもちよって、班やコースで交流するして、励まし合い“再チャレンジしてみます!”という仲間も。
HORIMARUセミナーでは、“搾取”について学習しますが、139期の第3課でも学習をしています。その時、ある班でこういう意見がたくさんだされました。
「“搾取”は、会社が経営していく上で必要なんじゃないか」「労働者も会社で働いて、会社から給料もらっている訳で、会社も他の会社と競争があるし、それに、最初、資金をだしたのは会社だし、“ある程度”の“搾取”は、当然のことでは…」と。
こうした意見はたしかによく出されます。でも、本当に、“ある程度”の“搾取”は、当然のことなんでしょうか?
『マルクスは生きている』(不破著・平凡社新書)には、わかりやすい言葉で、ビンビンくる言葉が、たくさん書かれています。
(p78)『資本家と労働者の関係…市場経済のもとでの対等の関係を結んだはずなのに、そこから驚くべき貧富の格差が生まれました。生産した富は資本家の側に集中し、生産者である労働者の側は、困難な暮らしが続くのです。いったい、こんな不公平な状態はどこから生まれるのか。』
(p79)『経済学者たちは…労働者と資本家の取り引きがなぜ資本家だけを富ませるのかは、解明できませんでした。』
それらもふまえて、運営委員会で、先ほどのこと(“ある程度”の“搾取”は当然のこと?)を論議してみました。
「自動車関連の社長は、何億もの年収があって、しかも会社には内部留保がすごい金額で蓄積されていて、働くものはワーキングプアといわれるくらい低賃金で働かされていて、しかも自分のつくった車を買って、自分が乗ることもできない。資本家はますます富み、労働者はますます貧困になっていく…。なのに、私たちのまわりにいる労働者は、“人が良すぎる”くらい、“会社おもい”にされている…」
「“法人税下げろ”とか“国際競争力が…”ってことも同じことなんではないだろうか」
「資本主義社会で生きてきて、それが当たり前になっている今、剰余価値を資本家が“搾取”することは、当たり前にみえてくるのではないか。封建制で、農民たちは、自分たちがつくったお米の半分を年貢としてとられることは、当然のこととして考えていたように、資本主義の中で、その仕組みをみても、当たり前って思ってしまうのではないのか。」
「震災復興で、漁協の人たちが、何人かで1つの船を共同所有の話があったけど、仮に、その船をみんなで使用してみんなで働いた場合、そこから得られる利益から、船の燃料費や、修繕費、改良費なども捻出する…それって、資本家と労働者の関係を乗り越えた新しい生産のあり方の一つになってくるようにも思える。そこでは、剰余価値を独り占めするのはないのではないだろうか。」
……まだまだ論議は続きます。
HORIMARUセミナーでは、本当に、初めての人に来てもらいたいと思っています。普段、“当たり前”になっていることが、どういうことなのか。資本主義って何なのか。そして、“生きづらさ”の根源にあるものは何なのか。“搾取”について、みんなで考えたいと思っています。(吉)11/07/26
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●2011/7/28
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『日本経済新聞』
◇今こそ開国 1
「貿易立国」が復興をけん引
日本の開国戦略が怪しくなった。世界のヒト・モノ・カネを引き受け、世界とともに成長する。そんな算段を練り始めた日本を大震災が襲い、政治は目先の争いにしか頭が巡らない。ただ、震災を言い訳にした内向き思考より、世界の中での再生策にこそ復興の手がかりがある。動きなら今のうち。世界が日本の温かい今のうち…。──足場が崩れかけた政権とともに開国戦略も崩壊寸前だ。
◇原発停止、地方財政に影
政府低迷で将来像描けず
原子力発電所の再稼働をめぐる国の迷走に地方が振り回されている。──原発を抱える自治体の「原発依存度」は高い。──原発立地は雇用効果も大きい。──原発停止の長期化を見越し、自治体は「自衛策」に走り始めた。──原発推進派の議員が多数を占める福井県敦賀市議会で6月下旬、異変が起こった。福島の事故を踏まえ──。
◇女性、猛暑で寿命縮む
世界一維持 86、39歳 男性は79、64歳
『しんぶん赤旗』
◇イスラエル市民
住宅価格高騰に抗議
入植に予算つぎ込むな
──イスラエルで住宅価格の高騰に対する抗議行動が広がっています。──チーズなどの乳製品価格が高騰──「住宅問題」はパレスチナ問題とも絡んでいるという指摘も──。
◇おはよう ニュース問答
東南アジアが各保有国との交渉を始めるね
■@GAKUTOMO NO.353
先日、運営委員の仲間に「本を読まなアカン」と改めて強調されているのが聞こえてきました。「本というものは、それを書くために、書いた人やら、それ以前の人の知恵がいっぱい詰まってるんや、だから読まなアカン」と。読みたい思いはあっても、思いだけで実際読めてないなぁ・・・と自分の生活を振り返っていました。
そんな思いもあって、今いくつかの本を乱読しているのですが、たまたま久しぶりに開いた小林多喜二の「蟹工船」の一文にも、う〜んと立ち止まってしまいました。
「どうせ殺されるって分かったら、その時ァやるよ」という仲間に対して、「芝浦の漁夫」が「殺されるって分かったら?馬鹿ァ、何時だ、それァ。──今、殺されてるんでねえか。小刻みによ。・・・彼奴等は、俺たちを殺せば、自分等の方で損をするんだ。目的は──本当の目的は、俺たちをウンと働かせて、締木にかけて、ギイギイ搾り上げて、しこたま儲けることなんだ。」・・・「まるで蚕に食われている桑の葉のように、俺たちの身体が殺されているんだ」(新潮文庫 117頁)
「蚕に食われている桑の葉のように」・・・資本論に、「金蛹(キンサナギ)」という言葉があったことを思い出し、読み返しました。
マルクスは、商品を「金の蛹」(新日本新書「資本論」190頁)と表現し、それが貨幣形態と置き換わるのは、“命がけの飛躍”(同180頁)だと言っています(園庭で、セミが脱皮しきれずに死んでいるのをよく見ます)。また、「貨幣の資本への転化」について「まだ資本家の幼虫として現存するにすぎないわれわれの貨幣所有者・・・彼の蝶への成長・・・」(同284頁)と表現していました。
芸術の「美しさ」や、「笑い」にも通じる、不思議なドキドキ感があります。真実と、それを伝えようとする著者の情熱、人類の英知、生きる力を感じます。(蓮)2011/07/25
◎「殺されてるんでねえか。小刻みによ。」……小林多喜二がどこかへ言ってしまった。(む)
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●2011/7/27
【新聞を読もう! 独断と偏見でキリトリ】
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『日本経済新聞』
◇決算トーク
結婚したい人 震災後増えた
◇最低賃金小幅6円上げ
生活保護と逆転 先送り
2011年度の最低賃金の引き上げ額が26日に決まった。賃上げの目安額は6円で10円を下回った。──一部都道府県で最低賃金が生活保護水準を下回る問題は解決できなかった。──生活保護で受け取る給付額が最低賃金よりも高い場合、働かない方が得をする。結果的に生活保護への依存から脱却できなくなると批判されている。──昨年度は17円引き上がった。──
『しんぶん赤旗』
◇連合調査
ワーキングプア≠フ7割強 最低賃金水準「低い」
◇いまなぜ 生活保護の改悪か
有期 医療自己負担 基準見直し
生活困窮者を追い詰める
──これに逆行して生活保護制度を改悪する議論が急ピッチに進んでいます。
◇論壇時評
復興めぐり激しいせめぎ合い
財界流か 被災者の立場か
脅し文句≠ナ国民犠牲迫る
共産党議員が現地要求代弁
不破原発講義 社会的な反響
◇被害農家に「送電停止」
東電が冷酷通告
群馬・キノコ栽培
風評で収入源、滞納
──「被害者に何をする気か」。相談を受けた農民連は東電に抗議
◇「黒い雨」指定地域拡大を
「国への要望強めて」
広島 被害者団体が県・市要請
原爆投下直後に降った「黒い雨」の指定地域の拡大をもとめる広島県「黒い雨」原爆被害者の会は──
◇読者の広場
「ルール」表現 工夫が必要だ
──「ルールある経済社会」をめざすたたかいの重要性など、共産党の第3回中央委員会総会で強調されたことは、実にピタッときて共感するものです。
しかし、何か事あるごとに日本を近隣の中国などと比べ、多くの国民は「ルールある民主的な国・日本」と思い込まされているのではないでしょうか。この「ルール」の響きは、どうも一工夫も二工夫もいるような気がします。単純に、共産党は憲法守れと言っている口で「日本はルールがない」と言ってると。
国民を支配する上で都合のよい「ルール」、米国に追従していれば間違いない「日米安保というルール」、日本経団連の示す方向は間違いなしという「経済社会のルール」を、支配層から報道機関まで疑いもなく押しつけてはばからない「ココ」を変えよう。──
■@GAKUTOMO NO.353
「実家が島根にあるんです」と若い女性は不安そうな笑顔で話してくれました。「原発からの撤退を求める署名行動」の一場面。
署名内容を説明し「署名お願いできませんか?」と声をかけると、その女性はあっさりペンを持って書き始めました。なんとなくすんなり書くんだな・・・と思って「原発についてどう思われますか?」と聞いてみたところ「原発って福島にある“原子力発電所”のことですよね?うち実家が島根にあるんです。島根にも原子力発電所があります。私の家は発電所からは遠いですが、福島の様子を見ていると遠くても怖い。人ごとではないですよね。できるなら違うエネルギーに変えてほしいです」と話してくれました。
切実です。離れて暮らす家族に同じことがふりかかったら・・・女性の不安を思うとこっちまで辛くなってしまいました。「ありがとうございました」というと笑顔で自転車に乗って行かれました。
54基ある原発、その周辺ではさっきの女性の家族のように、人々が毎日の生活を送っている。そのことを想像すると……。原発からの撤退は社会のあり方そのものを見直すことにも繋がっていく。まともに社会変革の闘い≠ネのだ。もう福島のような状況を次に起こさないために、政府は社会的理性を働かせて撤退に踏み切るべきだと思います。私たちは、その声をもっともっと大きくしていかなければ。さあぁ!みんなたちあがろう=@(麦)11/7/24
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●2011/7/26
【新聞を読もう! 独断と偏見でキリトリ】
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『日本経済新聞』
◇地球回覧
アラブの春、03年にみた伏線
──ファリス・リファイ氏。1991年の湾岸戦争時の駐日大使の息子──父は反米姿勢を貫いた。──息子は「米国の動きを無視しては今の中東社会は渡っていけないよ」──話が今年のアラブ世界を覆った民主化の動きに及ぶと「全く予想できなかった。不確実な中東を象徴する出来事だ」。──アラブの春の場合、伏線は何だったのか。──思い当たるのは、米軍がフセイン政権を倒した2003年春のイラク戦争直前に見たカイロの光景だ。
──中東専門家が民主化運動の高まりを予見し得なかった理由を「既存の独裁指導者の生き残り術の説明」に関心を寄せすぎたと指摘。「底流で沸き起こってきた変革勢力を過小評価した」と分析──先が読みにくいこの地の行く末に一定の検討をつけるには、ひと時代前の常識や先入観をいったん消し、事実の伏線をたどり直してみることが重要なのかもしれない。
◇被災者のアルコール依存
「阪神」でも問題に 孤独死との関係深く
──被災者のアルコール依存が進んでしまう課題は、1995年の阪神大震災でも露呈した。
『しんぶん赤旗』
◇東電救済へ4兆円枠
2次補正予算 雇用対策もないのに
──原発事故では──国民負担によって東電と銀行を救済する賠償支援機構の関係費280億円──予算とは別に交付国債限度額2兆円と政府保証枠2兆円──
◇エジプト
児童労働10人に1人
──エジプトの5〜17歳の児童約160万人が労働に従事している──
■@GAKUTOMO NO.352
今日、職場で避難訓練をしました。いつもは午前中にするのですが、今回は、午後2時45分頃。避難訓練の計画を聞き、昼寝中(といってもほとんど起きる時間ですが)の子どもを非難させるのは大変やな!と話題になっていました。でもよく考えると、あの震災は、保育園生活の昼寝の最中に起こったのです。
7月12日付しんぶん赤旗の「潮流」にありました。「被災した保育園は岩手、宮城、福島の3県で400カ所以上。全壊した園は約30カ所にのぼります。それでも、保育中の園児の死亡は報告されていません」と。すごいことだと思います。
いざという時に、赤ちゃんを含めた子どもの集団を連れて避難し、命を守るための訓練が日頃からされていること・・・それらは、公的な保育園で守られています。また避難したあとも、どんな状況にあっても子どもを真ん中に、不安を大きくしない対応がされるなど、保育士としての役割が果たされている姿も報道されていました。
一方、ビルの一室などで運営されているような無認可保育所では、被災した状況すら把握できないそうです。自治体も責任は負わないのでしょうか。
岩手県の園長は、「迎えを待っていた30人の子どもと必死で津波から逃げました。もし全員残っていたら無事避難できたかどうか・・・。今の基準では保育士の人数が少なすぎて、責任をもって子どもを守れないと痛感した」と涙ながらに語っておられたそうです。その悔しさというか、怒りというか、痛く感じます。(蓮)2011/07/21
●2011/7/25
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『日本経済新聞』
◇ホットスポット、どう形成
放射性雲「冬型」崩れ関東へ
国環研など解析 降雨地点で汚染沈着
──東京電力第1原子力発電所から出た放射性物質が、「ホットスポット」と呼ばれる局所的な高濃度の汚染域をつくる課程が明らかになってきた。気象条件や放射性物質の特徴を考慮し、コンピューターのシュミレーション(模擬実験)で汚染の広がりを再現する手法──時間あたりの放射性物質飛散量も正確にわからないため精度に限度はあるが、拡散の傾向は把握できる。広域の解析と、特定地域のより詳しい分析とを組み合わせれば、農畜産物への放射性物質の影響を知る有力な手がかりに──。
『しんぶん赤旗』
◇まど マスコミへの広告「効果」
──大手住宅メーカー「積水ハウス」の全面広告が、15日付、16日付と「朝日」「毎日」「産経」「読売」「日経」の各紙に、連続して掲載──異例な感じ──「朝日」などには、東京本社版を見た限り、この家宅捜査の記事は見つけられませんでした。購読料より、広告に依拠する商業紙。広告の効果≠ェ──
◇月曜インタビュー
40周年。原点は人とのつながり
被災地支援も 音楽も 響き合い
ピアニスト村上弦一郎さん
──「音楽の基本は共同し、合奏し、響き合うことだと思っています。水準の高い演奏を目指すには、一人ひとりがアンサンブルの喜びを知っていることが大事。……」──6年前の広島での二つのコンサート 曲は、どちらもベートーベンのピアノ・ソナタ「月光」──当時、村上さんは、「ベートーベンが理想と現実という意味をこめた作品から、広島の現実を見つめ未来を見据える、そんな思いが伝われば」──「何かを伝えたい≠ニいう願いは、誰もがもっていることで、……」──会社努めの父が、組合と合唱の活動を通して、仲間を支援していた姿を見て、基本的なものの見方や考え方を教わった──「芸術は社会生活と離れた特別のものではなく、ごく普通の日常の中にあります。自分にとって、この旋律がなぜ美しいのかを考えることは、日々の暮らしや社会を問いなおすことにもつながると思います」──
◇「続 原発の源流と日米関係」1
原子力協定の改定 上
なぜ「国家安全保障」の文言
◇中東変革の 波 どうみる
インタビュー(上)
ラミ・フリーさん
人間の尊厳求めた行動
──アラブ世界の「革命」の要因には「屈辱」がある──アラブの民衆は「人間としての尊厳」を得るために行動した──事態は、過去100年のアラブの歴史の中でも最も重要な出来事──「革命」は成功する──それには時間がかかります。民衆と軍、諸政党、運動の間で新しい体制についての合意が必要です。また経済状況を改善させるスピードが──
■@GAKUTOMO NO.351
「原発からの撤退を求める署名」7月に入って暑さもありなかなか長い対話もしにくい。署名の数を増やすこと、街頭の人が原発に対してどんなことを思っているのかを聞きたい!と思い勇気を出して声をかけます。
反応や年齢層もさまざまで話しかける度に「う〜ん」と考えさせられることばかり。これまで中学生らしき人、3人に話しかける機会がありました。三者三様。「原発ってなんですか?」という人、「原発がないとエネルギーまかなえないと思う」としっかり話す人、最後の人は「学園祭で原発について調べて展示会をします」というもので、学校の先生がどんな風に今回の事故について話されるか・・・と想像します。
また、ある青年がペンをもって今まさに署名をしようとしていたのに、ふと手が止まり「この署名は『撤退』だけを要求している署名ですか?具体的な次の策が書かれていないので書けないです」とペンを返してこられました。「日本共産党は、自然エネルギーの開発が必要だと考えています・・・」と言いましたが、疑念が残ったまま去って行かれました。
だんだん夏になり、個人でも企業でも電力消費が増すなかで、署名の押し出し方も問われてきている。そうだ節電≠ヘ原発必要論をひろげる大規模な国民教育だ。負けてられない!
改めて日本共産党の「大震災・原発災害にあたっての提言」を読み返し、あのときどう話せば伝わったかを考えてみました。何よりもまず、「政府に撤退の政治的決断をさせること、そして原発をゼロにする期限を決めたプログラムをつくること、そして自然エネルギーの開発と普及・促進、低エネルギー社会への移行のために、最大限の知恵と力を尽くすことを求める」とあります。政府自身に決断を迫り、そこで具体的プログラムを専門家や研究者と考えていく。根本にあるのが「政府による政治的撤退の決断」であることが強く押し出されています。(麦)11/7/18
●2011/7/24
【新聞を読もう! 独断と偏見でキリトリ】
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『日経新聞』
◇「働き手」人口の5割切る
若年世代が減少
国内製造業 海外移転に拍車も
──日本の総人口に占める労働力人口の割合は1970年に初めて5割を突破した。第2次ベビーブームで総人口が増えて5割を割り込む時期もあった──働く女性が増え──再び5割を超し、その後はこの水準を維持してきた。若年労働者の減少は──むしろ若年失業者の増加が問題視されている。
◇パン好き 60代が最多
「ほぼ毎日」女性の42% 調理に手間かけず 若者は外食傾向強く
──ベテラン主婦らの間でも、調理に手間ををかけたくないという心理がパン食に向かわせているようだ。
『京都新聞』
◇日本懐柔に原子力協力
第五福竜丸事件受け 米政権が画策
50年代公文書 原発導入の源流克明
──1954年3月1日に太平洋ビキニ環礁で米国がおこなった水爆実験で静岡の漁船「第五福竜丸」が被爆し、原水爆禁止が国民運動となるなか、危機感を深めた当時のアイゼンハワー米政権が日本の西側陣営からの離反を憂慮、日本人の反核・嫌米感情を封じ込めようと
──共同通信社が米国国立公文書館で収集した各種解禁文書は、核に「無知」な日本人への科学技術協力が「最前の治療法」になるとして、原子力協力の枠組みや日本人科学者の米施設への視察受け入れを打ち出す課程を明記。米側が「原子力の平和利用」をテコに日本世論の懐柔を図り、被爆国が原発導入を進めるに至った源流が浮かびあがった。
『しんぶん赤旗』
◇歴史教科書
育鵬社版を不採用 栃木・下野市教委「戦前の教育間違い」
──会議では、教育長が育鵬社版を推薦する意見を表明しましたが、ある教育委員が「戦争を認めるような教科書であってはならない。」別の委員は「戦前の教育は間違っていた」
横浜の宣伝高校生署名「真実勉強したい」
──マイクで訴え──アピール呼びかけ人の吉田重信氏(元ネパール大使)は「「戦争してよかった」と吹き込まれて元気になる子どもをつくっていいのか。過去の歴史の過ちも含めて考え直すのが教育の目的だ」──「後輩に正しい歴史を教えてあげてほしい」(高校1年女子)──日本が戦争の加害者とは教えてもらっていない。真実を勉強したい」(同男子)
◇定点観読 時代小説 清原 康正
葉室麟著「刀伊入冠 藤原隆家の闘い」
現代と重なり合う中央政府の無策
──朝廷の無策ぶりや現場丸投げの無責任さは現代日本の状況と重なり合うものがある。歴史から現代を撃つ歴史・時代小説の意義を痛感させられる問題作である。
2011/7/23
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『日本経済新聞』
◇経団連夏期ホーラム
政策停滞に不満 成長セイン略 手つかず
──経済界が成長戦略の起爆剤とみているTPP参加への動きが停滞していることを懸念する声が多かった。──
原発維持 求める声 相次ぐ
──「震災後も要望がある。管首相が何を言おうと原子力の海外展開を進めたい」(日立製作所の川村隆会長)──「思いつきではなく、科学的根拠に基づいたデータを示し、説得することが大切だ」(三菱重工業の大宮英明社長)──経営者からは原発維持を求める声が相次いだ。──原子力政策をめぐっては経済同友会が15日の夏期セミナーで、原発への依存度を減らす「縮原発」をうちだした。
『しんぶん赤旗』
◇震災の影響全国に
生産から雇用、家計に連鎖
──22日に発表された経済白書は──
◇GDP 購買力平価でみると
日中10年前に逆転
◇ダイヤ鉱山 賃上げスト
南アフリカ共和国
■@GAKUTOMO NO.350
139期経済学コースで『資本論』を第1分冊の初めから読み進めています。
前にも書きましたが、139期経済学コースの仲間は『資本論』の第1分冊から読むのがはじめての方ばかりです。
上瀧先生が「マルクスの経済学では、資本主義経済を始まりもあれば終わりもあるものとしてとらえるのに対し、マルクス以外の経済学ではそれを究極的なもの、それこそがもっとも合理的でこれ以外の経済のありかたはもはやありえないものとみなすのです。」と言っておられました。
ある仲間と、そのことについて話をしていると、率直な疑問が出てきました。
「えっ、資本主義って終わりがあるんですか?どんな社会になるですか?」
「資本主義が“当たり前”の社会だ」と思っていたとも。
(話が変わるようですが…)
私は、最近、この“当たり前”ってことに、どういう訳かひっかかります。
例えば、去年の今頃なら、政府も、電力会社も、「原発は安全だ」と公言し、原発を増やしていくことも“当たり前”のように語られていたと思います。
また、飲食関係の友人から仕事の話を聞くと、「飲食関係は、サービス残業が“当たり前”やしなぁ…」という言葉が普通にでてきます。
でも、“当たり前”だからと、それで考えることをとめる、あきらめてしまっていいのでしょうか。変革の立場で挑むことは、難しいことなのか…。
江戸時代に生きていた多くの人は、自分たちが生きている社会が“封建制”だという言葉を知らなくても、その社会は“当たり前”に続くと思っていたけれど、実際日本は、資本主義へと発展…。
福島原発の事故以降、本当に私たち国民全体が、原発について、エネルギーについて、そして社会のあり方について、考えはじめているのでは…。
ある飲食関係の人に聞くと、フランスでは、料理人たちも、労働時間が守られていて、しっかりと仕事の後、リフレッシュすることで、次の日、さらに“いい仕事”に取り組めるという話も…日本の料理人の働き方は、異常だと…。
時の支配者、政府や財界、経営者たち…そういったものが、自分たちの都合のいい“当たり前”をつくりだしているのだろうか。
でも、その一方で、“いい意味”での“当たり前”もあると思う。
平和が“当たり前”の社会。労働者の権利が守られる“当たり前”のルールづくり。植民地解放が“当たり前”の国際社会。
この“当たり前”は、当然、私たち労働者・国民、そしてその先人たちが、闘って築きだし、引き継いできたものなはず。何を“当たり前”にするっていうのは、やはり闘いの力関係ということなのだろうか。
そんなことを、最近よく考えています。どう思われますか?(吉)11/07/21
2011/7/22
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【新聞を読もう! 独断と偏見でキリトリ】
『日経新聞』
◇ランナーのホンネ
失速は性格のせい? 我慢足りず快楽に負ける
──自分は「世界の失速王の一人」だと自負している──数々の失速の原因のほとんどはオバーペースといっていい。──たぶん私は設定ペースというものに管理されるのが嫌いなのかもしれない。束縛されたくないのかもしれない。気持ちよく走れている、その瞬間の快楽にまけてしまう。──気分任せの無計画なレース運びはせず、きっちり自分をコントロールし、レースを組み立てる。行きたいときに行ってしまわず、ぐっと我慢し、行くべき時を待つ。そいういう管理能力がないとマラソンはうまくいかない。──「早食いは身体に悪い」とわかっているのに、せかせかと食べてしまうのと同じような気もする。──
『しんぶん赤旗』
◇子どもと育つ
お父さん奮闘記 4
──最初はおとなが見守りつつ、子どもの頃から使うことで、刃物の正しい扱い方が身につくように思います。道具を使いこなす「手のちから」は私たちが取り戻すべきものです。
◇「共同利用漁船」事業
既望の船 進水
問題点も ──「ーなんでも共同でやれば助成するというのではなく、個人を直接応援すべきではないか」
■@GAKUTOMO NO.349
所属している組合の支部大会がありました。私にとっては執行委員として初めて迎える大会でした。
各分会からの活動報告の中に“組合の意義”という言葉が何度か出てきました。「非正規の人が組合に入ってくれたけれど、どう一緒に活動を作っていけばいいか悩んでいる。“組合の意義”を感じてもらえるような活動にしていきたい。」、「組合に入ると園長ににらまれる、園長を裏切るようなことはしたくないと言って組合に入ることを断られます。組合員も改めて“組合の意義”をとらえ直さないと。」と、そもそも組合とはどういうものなのか、何のために活動するのかを考え、とらえ直すことが必要だと活動の中で感じているのです。仕事量は増えるのに、人は減らされるばかり。そんな中で組合にしんどさを感じることも少なくありません。そんなときこそ、“組合の意義”をきちんと確認し、自覚することが必要です。
また、報告の中で印象的だったのが、介護職員に医療行為を認める法改正がなされたことについての話でした。「もともと医師しかできなかったことを看護師にもできるようにし、看護師にしかできなかったことを介護職員にもできるようにし、介護職員にしかできなかったことはボランティアの人がしている」と言います。法律が変わったことが良いか悪いかということではなく、どうして法律が変わったのか、それはどういうことになるのか、そもそもどうあるべきなのか、きちんと根本をとらえることが必要だと思います。医師が十分な数いて、介護職員でなく、看護師でもなく、医師が必要な医療行為を行えるなら、それが最良なのは言うまでもありません。法律がどうかというだけでなく、医師を増やしてほしいという根本的な要求を忘れてはならないと思います。
「一時しのぎではなく、根本的な解決を」と、世界観コースの鰺坂先生も講義の中で話しておられました。根本をとらえるための学習をこれからも積み重ねていきたいです。(螢)
2011/7/21
■@GAKUTOMO NO.348
この2年くらいまともな活動ができていないように思っています。学習協の総会でも2年にわたり活動報告ができない状況です。
1つは仕事が変わったこと、もう1つは家庭が変わったこと、条件は明らかに変化しています。
先輩からは、その条件の変化を有効に活用できていないと指摘もされましたし、何度も言われているアドバイスは「集中力を高めろ」ということです。この間そのアドバイスは、精神論にしか思えませんでした。
しかし、この前何気に「資本論」を手にしてページをめくっていると、ふと思いました。
資本の魂は、飽くなき利潤追求で、あらゆる規制を乗り越えて利潤を追求するということです。具体的な現われとしては、例えば、労働日を制限されると、生産力を高めたり、労働の強化を図ったりしてその規制を乗り越えて利潤を追求するわけです。その具体的な現われは、精神論でも何でもないということです。
活動に置き換えると、活動時間が制限されれば、やはり活動の強度を増す、集中力を高めるしかないというのは当然出てくる答えです。精神論ではありませんでした。
とすれば、問題はそれを乗り越えようとする渇望なのでしょうか。資本のより多くの利潤を得たいという渇望に負けない、社会を変えたいという渇望。
社会変革への渇望は、常に科学的世界観を磨いていてこそ持ち続けられるのでしょう。(書)11/7/19
◎先輩≠ゥらは、自分の判断判断基準でとらえたらあかん。客観的な物差し=基準で判断しないと。と5年も6年も前から、言ってきました。「精神論」などとは、まったく間違ったとらえかたです。力をもっているから、集中してやれば、すべてが積み上がります。30代、40代…条件はこれからも悪くなることは間違いなでしょう。すべての事柄を集中しておこなう。これ以外に現状を維持し前進させることは出来ません。いまは、これまでの蓄積を食べ散らかしているだけです。よく持っている方では無いかとおもいます。
1日2職場、5人の労働者に対話しているとしたら、4職場に、10人にすれば、どうなるのか。1日60分の読書をきちんととって集中出来ないか。あぁでもない。こうでもない……などと。メリハリつけて、鉄道員の点呼にならって「○○よ〜し」と心で声をかけて次に移る……。
子どもとの関係性は、対話(接触)の長さではありません。どれだけ濃密な(内容のある)対話ができるのか。一般論の様にみえるでしょうが、本質的に問われてゆくのは姿形(現象形態)ではない! ということの理解を深める上でポイントになることです。親の一瞬一瞬の生き様を子どもが見ているのです。十二分に、私たちの何十倍もの長さで子どもと接触している同世代の親は、まわりに沢山います。関係性は…? その子どもたちは……。わたしたちは、子どもと一緒に進んでゆくのですから。総会後にワインを飲みながら、大先輩の子育てを聞きました。教訓的でした。全力で子育てをした! という奮戦記でした。
生き様への自信、生活力が問われているのです。悩み∞もがき∞行動≠オながら貫く生きる道こそ、求めるものではないか、と思います。(む)
2011/7/20
■@GAKUTOMO NO.347
京都学習協の現代経済学ゼミナール、今年は「世界の構造変化をとらえる」第4弾です。そのよびかけ文にも、講師の芦田先生の思いが溢れていることを、講義を半分終えた今、改めて感じています。
「マルクスの『資本論』と『未来社会=社会主義』についての考え方が、再び人々の関心をひき・・資本主義の総本山アメリカ発の『世界経済危機』から抜け出す途がまだ見いだせず・・・アジアでも、中南米でも、アラブでも、世界はどこでも大きな構造変化を起こしつつあります」このような時こそ、もう一度!と、社会主義論再生へのアプローチを提起されています。
講義の中で先生が話されるのを聞いていて、先生がこれまで研究され、実践されてきたことのすべてがここにあるんじゃないか、とすら感じます。というか、それもまだ完結していなくて、この“現代経済学ゼミナール”に取り組むことを通じて、さらに深めまとめられるのではないかという、力を感じます。
私自身の活動(生活全般)を思い返しました。「自分のやりたいこと」のために、学習運動をある意味“利用”する。それが学習運動の発展の(ほんの少しでも)一翼を担っていく。それこそ、「自分のやりたいこと」と一致していくのではないか、と。
職場でも、労働組合の活動や労働学校に誘うと「それよりもまずは仕事をきちんとできるようになりたい」「それよりも保育の勉強がしたい」という青年はたくさんいます。仕事をきちんとしたいという思いはもちろん大切です。でも・・・!と思うのです。
看護師さんの話を聞いていても「本当はこんな看護がしたい、でも出来ない」「患者さんと向き合う時間がない。それよりもやらなアカンことがある」・・・私たち保育士の中にも「あと一人(保育者が)いれば、この子への対応も変わるのに」「部屋があれば、もっと少人数で保育できるのに」・・・深いところで、自分がやりたい仕事ができない。
それが資本主義社会です。だから、闘うことと「自分のやりたいこと」は一致していくのだと思います。学ぶことによってのみ、展望は見える。その通りだと思います。(蓮)2011/07/18
◎「やりたいこと」とは何か、芦田先生の研究課題とプロセスを論じながら、……ちょっと次元が違うのではないか。いや、無理矢理! という感じだ。京都の学習教育運動は、世界全体をとらえる世界観、経済学を学び、労働者運動への参加を推奨し理論と実践を結びつけて生きる、そういう労働者を育てることだ。保育の技術論は、専門的な研究が必要だ。しかし、それは、それだけ独立して存在していない。また独立していては適用出来ない。保育対象である社会的存在としての、いま生きている子どもを、正確に把握するためには、世界観の確立と経済学の力がなければ、とらえることは出来ない。
保育運動の担い手としての「保育士」が、対象とするのは子どもと大人、労働者・勤労国民であろう。子どもは社会が育てるのだから。これも芦田先生の講義の中で子ども手当≠ノ対する考え方で指摘があった。どう働きかけ、運動の担い手として大人を組織することは、重要な任務であろう。ここにも、世界観と経済学は不可欠である。これをひろげることなしに運動に、大人が主体的に、持続的に参加することは出来ない。
現実の「保育士」からみて、「学習運動をある意味“利用”する。」という発想は狭さを感じて落ち着かない。
「学習運動」は、経済要求ではない。だかこそ特別の困難さをもっている。何をエネルギーにしてこれを乗りこえるのか、日常的に問い直されなければすすまない。学習教育運動のモットー「報われることを期待しない」活動……、これは「教育者の哲学」と共通するものがあるのではないか。
以上は問題提起。(む)
2011/7/19
■@GAKUTOMO NO.346
夏になると保育園ではプールが始まります。「4歳児から水着を着用します。持っておられない方は準備をしておいてください」と例年通りにクラスの掲示板に張り紙をしました。すると、あるお母さんがお迎えの時間にその張り紙を見て暗い顔になっています。話を聞いてみると「子どもの水着を持っていない。買うお金もない・・・」と打ち明けてくれました。
とにかく何とかしないとと同僚に相談したところ、同僚の娘さんが使っていた水着が余っているということで、それを渡そうということになりました。次の日、お母さんにこっそりその水着を渡すととても嬉しそうに子どもと笑いあっておられました。お母さんは母子家庭で2人の子どもを育てています。仕事も不安定で、さまざまな職を転々としている様子。生活保護も最近やっと申請できたと聞きました。
母子家庭の生きづらい現状を目の当たりにした出来事。以前にも書いた保育料滞納の親子とは別の親子です。そういう家庭が増えつつあるなかで、わたしたち保育士はどういう働きかけをその家庭にしていく必要があるのか。ただ水着を渡すだけでいいのか。母親が働きながら子育てをしていくためには社会的な環境を整える必要がある。その社会体制をつくるのを阻む力がどこから生まれているのか、そういう根本をお母さんたちと一緒に学び変えていくことを目指す活動が、わたしたちに求められていると思います。(麦)11/7/8
2011/7/6
2011/7/5
■@GAKUTOMO NO.345
@GAKUTOMOを書き始めて、一年が経ちました。一年間文章を書き続けて・・・と言えない、最近の現状。それでもこの一年を振り返ると、@GAKUTOMOを書くことをテコにして、周りの仲間や職場の人との対話、世界で起こっている出来事、労働組合のことや保育のこと、医療のこと・・・への視点と問題意識が、随分変化したことを感じます。
最近、職場の会議で、「保育の中で子どもたちはどんな矛盾を感じているか」と問われました。矛盾を感じない“あそび”は、ただ「楽しかった〜」で終わりますが(それも大事ではあるけど)、あそびの中に矛盾があればどう解決すればいいかと子どもは考え、いろいろ試してみるだろう、ということです。
同じ日に、学習会館で労働学校運営委員会が隣で話しているのが聞こえてきました。受講生が申込書に「平成23年」と書いていたそうです。そして、これはチャンスだと。天皇制について、戦後の日本社会について、仲間と話ができるチャンスであり、そういう視点を自分たちがいつも持っているかが問われるんじゃないか、というような話でした。
この2つの話が重なり、労働学校で学び始めた頃に、「矛盾は発展の原動力」ということを学んで感動したことを思い出しました。
私たちが生活する環境のなかにある“矛盾”を“発展の原動力”にするのは、そこに生きる人間の力です。矛盾がそこにあっても、見えないこともある。なかったことにしようとすることもある・・・資本のイデオロギー攻撃によって、それは促進されます。
「マルクスは・・・現実の世界ー自然および歴史ーを、どんな先入見的な観念論的気まぐれもなしにそれら自然および歴史に近づくすべての者に「現れるままの姿」で、とらえようという「決心」をおこなったのだ」(不破哲三著「マルクスは生きている」30頁 平凡社新書)
その「決心」!!・・・労働者階級としての自覚の強さが、「決心」の強さとイコールになるのでは。@GAKUTOMOくらい(といってはなんですが)継続できないではダメですね。がんばろう。(蓮)2011/07/01
◎いろいろではなくて「続いている現実」をつくりだす力こそいま獲得すべきものだ。以下の文書を深くとらえてください。(む)
Q
弁証法の本質は矛盾にあるはずだが、今日の話に矛盾がなかったのは、なぜか。
A
弁証法とは何か、というのは、なかなかむずかしい問題です。私は、弁証法とは、世界を「あらわれるままの姿」でとらえるための認識方法だと考えています。自然でも、社会でも、世界は発展と連関のなかにあり、たいへん複雑な姿をもっています。それをありのままにとらえるためには、自分の頭を、それにふさわしい柔軟なものに鍛える必要がある。それが、弁証法の認識方法だと思います。
矛盾、あるいは対立物のとらえ方、というのは、弁証法の大事な内容の一つですが、それは、自然や社会のなかに、矛盾や対立が存在するからです。マルクスもエンゲルスも、矛盾や対立のとらえ方についていろいろ語っていますが、弁証法のすべてがそこにあるわけではありません。
私は、自然観のところで、弁証法の特徴をおおづかみに語ったエンゲルスの文章を紹介しましたが、あれは、『フォイエルバッハ論』の一節で、エンゲルスによる弁証法の特徴づけの代表的なものの一つです。しかし、そこには、矛盾も対立も出てきません。
また、マルクスは、『資本論』第二版の「あとがき」で、自分が経済学に適用した弁証法の方法について、マルクスの文章ではもっともまとまった説明をしていますが、ここにも矛盾や対立は出てきません。
マルクス、エンゲルスの解説をたどると、弁証法に特有の法則を語るときに、対立物の相互浸透・相互転化とか、矛盾の統一と闘争などの問題が出てきます。これは、自然と社会の現実に矛盾や対立が存在するからで、その運動や解決の形態を現実の発展のなかから探究するということであって、矛盾・対立を弁証法の核心と意義づけて、世界のすべてを矛盾・対立によって説明するといった見方は、マルクス、エンゲルスには存在しなかった、と思います。
日本でも、一時期、弁証法をもっぱら矛盾中心に考える傾向が一部にかなり強くあったことがありました。これは、私は弁証法の単純化だと思います。矛盾・対立を的確にとらえるということは、弁証法の認識方法に含まれていますが、それが弁証法のすべてではありません。
とくに、この考えから、ものごとを弁証法的につかもうとして、矛盾探しをやる、こういうことは、世界に自分の独断をもちこむという、弁証法の立場からいえば、いちばん警戒すべき誤りにおちこむ危険がある、と思います。
世界を「あらわれるがまま」の姿でとらえる、それには、固定観念にとらわれない頭の柔軟さが必要なのです。そのための方法論が、弁証法の論理の柔軟さです。そのなかには対立物のとらえ方をふくむ、いくつかの弁証法特有の法則もあります。
マルクス、エンゲルスは、弁証法の教科書は書きませんでしたが、彼らが弁証法について書いた文章は多くありますし、弁証法を駆使した実例は膨大な遺産となって存在しています。そういうものもふくめ、柔軟な気持ちで弁証法の勉強をしていってほしい、と思います。
(不破哲三著「マルクスとともに現代を考える」新日本出版社 p81-83)
2011/7/4
■@GAKUTOMO NO.344
「原発からの撤退を求める署名」行動に職場の仲間が初めて参加してくれました。これまで講座や労働学校などには参加してくれていたのですが、街頭での行動に参加してくれたことはありませんでした。
初めこそ緊張し人を選んで話しかけたり、私も一緒に声をかけに行っていたのですが、一度署名してもらってからは急に1人でも声をかけに行くようになり、あっという間に一枚5名の署名用紙が埋まっていました。さらに不破さんの『「科学の目」で原発災害を考える』のパンフも、彼女が声をかけた夫婦が1部買ってくれ、さらに勢いづいたようで、署名だけでなくパンフもすすめていました。
終わった後の感想には「初めて参加して、断られると次に行くのがちゅうちょしてしまいますが、1人書いてもらえるとどんどん声がかけられ嬉しくなります。私もまだまだ原発のことをよくわかってなかったりもしてうまく対話ができないこともあったので、もっともっと勉強していきたいなと思います。原発に変わるエネルギーが確立されてないから、と署名してもらえないときに自分がしっかり対話できたらなと思いました。・・・」。
また次回も誘ってみたいと思います。(麦)11/7/4
2011/7/2
■@GAKUTOMO NO.343
嫁さんに連れられて、ある工務店の住まい教室とやらに行きました。住まい教室とは、家づくりに関しての考え方を勉強するというものです。
はじめに、いくつかの写真を見せられました。世界の住まいの写真です。ある国の一般的な普通の家を対象に、その家の家族と、家財が並べられた写真です。アフリカでしょうか?土の家に、大家族、家財は少ない。熱帯地の家は、開放的な建物に家畜。とか、アメリカは、大きな土地に大きな家、家財もいっぱい。北欧の国は、レンガづくりの家に家財は少なめですが、家族それぞれが楽器を手にしており、アメリカとは違う豊かさを感じます。
日本は…。小さな家。そのまわりにあふれんばかりの物、物、物。写真を見た途端ふきだしてしまいました。完全に豊かさの尺度が間違ってる。
そんなはじまりでしたから、何となく興味が引かれました。そんな日本も古来は、家の建て方は今とは違い、いかに夏を涼しく過ごすかという建て方が基本であったそうです。それが、欧米のようなプライベート空間を重視したような建て方が用いられ普及してきたとのことです。その土地や地域に相応しい家の建て方でなく、型にはまったものが並べられていく…。
こういうところでも、アメリカに依存してきた経済体制の姿と、資本主義的生産の特徴が見えてきます。
その工務店の家づくりの考え方は、パッシブ(受動的)ということらしい。それは、夏は涼しく、冬はあたたかく、を自然の力を生かして表現するということ。自然に対して受動的であるということらしいです。
これまで普及してきた建て方は、アクティブということでしょうか。自然に対して仕切りをし、夏は冷房、冬は暖房というような…。
いま時代の流れは、人間中心であったり、自然との調和などが大きく問われる時代となっています。自然にやさしく、住み心地のよい家を考えたとき、改めて日本社会のみならず、資本主義社会の歪みを感じます。私の望む家づくりを阻むもの…。(書)11/7/1
◎パッシブ=Bいわれるままの理解ではなく、自然のもっている本質的内容を理解し、活かした、人間の住む家! ということだろう。単に受動的≠ナは自然に支配される人間ということにならないか。人間と動物……。人間らしく生きる! とはどういうことか。そこまでまとめて欲しい。(む)
2011/7/1